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説苑 / 復恩

邴吉有陰德於孝宣皇帝微時,孝宣皇帝即位,眾莫知,吉亦不言,吉從大將軍長史轉遷至御史大夫,宣帝聞之,將封之,會吉病甚,將使人加紳而封之,及其生也,太子太傅夏侯勝曰:「此未死也,臣聞之,有陰德者必饗其樂以及其子孫;今此未獲其樂而病甚,非具死病也。」後病果愈,封為博陽侯,終饗其樂。

新字:邴吉有陰徳於孝宣皇帝微時,孝宣皇帝即位,眾莫知,吉亦不言,吉従大将軍長史転遷至御史大夫,宣帝聞之,将封之,会吉病甚,将使人加紳而封之,及其生也,太子太傅夏侯勝曰:「此未死也,臣聞之,有陰徳者必饗其楽以及其子孫;今此未獲其楽而病甚,非具死病也。」後病果愈,封為博陽侯,終饗其楽。

書き下し

邴吉孝宣皇帝の微時に陰徳有り、孝宣皇帝即位するも、衆之を知る莫く、吉も亦た言はず、吉大将軍の長史より転遷して御史大夫に至る、宣帝之を聞き、将に之を封ぜんとす、会々吉病甚だしく、将に人をして紳を加へて之を封ぜしめんとす、其の生くるに及びてや、太子太傅夏侯勝曰く、「此れ未だ死せざるなり、臣之を聞く、陰徳有る者は必ず其の楽を饗して以て其の子孫に及ぶ、と。今此れ未だ其の楽を獲ずして病甚だし、具に死病に非ざるなり」と。後病果して愈え、封ぜられて博陽侯と為り、終に其の楽を饗す。

現代語訳

邴吉は孝宣皇帝がまだ微賤な身分であったころ、密かに恩恵を施したことがあった。孝宣皇帝が即位した後も、人々は誰もそのことを知らず、邴吉自身もそれを口にしなかった。邴吉は大将軍の長史から昇進を重ね、御史大夫にまで至った。宣帝はその過去の恩を聞き知り、彼を諸侯に封じようとした。ちょうどそのとき邴吉は重病にかかり、人をやって印綬を授けさせようとしたところであった。彼がまだ存命であったとき、太子太傅の夏侯勝は言った、「この人はまだ死にません。私が聞くところでは、人知れず徳を積んだ者は必ずその恩恵の楽しみを享受し、それが子孫にまで及ぶといいます。今、この人はまだその楽しみを得ていないのに病が重いというのは、これは本当の死に至る病ではないのです」と。その後、病は果たして癒え、邴吉は博陽侯に封じられ、ついにその恩恵の楽しみを享受した。

解説

誰にも知られぬまま行われた恩恵が、時を経て思いがけぬ形で本人に返ってくるという「陰徳陽報」の典型を描く章である。邴吉は皇帝がまだ微賤であった頃に恩を施しながら、即位後もそれを一切吹聴せず、恩着せがましさとは無縁であり続けた。夏侯勝が「陰徳を積んだ者はまだその報いを受けていないのだから死ぬはずがない」と病床で断言し、実際にその通りになるという展開は、徳と運命の因果を強く印象づける。功績を誇示せず沈黙を守り続けた者にこそ、遅れてでも正当な評価が巡ってくるという構造は、目立たぬところで積み上げた善行がいつか報われるという希望を、組織や人間関係の中で働く人々に与える。

この章句が説くこと

陰徳陽報沈黙の恩因果

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