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説苑 / 貴德

樂羊為魏將,以攻中山,其子在中山,中山縣其子示樂羊,樂羊不為衰志,攻之愈急,中山因烹其子而遺之,樂羊食之盡一杯,中山見其誠也,不忍與之戰,果下之,遂為魏文侯開地,文侯賞其功而疑其心。孟孫獵得麑,使秦西巴持歸,其母隨而鳴,秦西巴不忍,縱而與之,孟孫怒逐秦西巴,居一年召以為太子侍,左右曰:「夫秦巴有罪於君,今以為太子傅,何也?」孟孫曰:「夫以一麑而不忍,又將能忍吾子乎?故曰:『巧詐不如拙誠』,樂羊以有功而見疑,秦西巴以有罪而益信;由仁與不仁也。」

新字:楽羊為魏将,以攻中山,其子在中山,中山県其子示楽羊,楽羊不為衰志,攻之愈急,中山因烹其子而遺之,楽羊食之尽一杯,中山見其誠也,不忍与之戦,果下之,遂為魏文侯開地,文侯賞其功而疑其心。孟孫猟得麑,使秦西巴持帰,其母随而鳴,秦西巴不忍,縦而与之,孟孫怒逐秦西巴,居一年召以為太子侍,左右曰:「夫秦巴有罪於君,今以為太子傅,何也?」孟孫曰:「夫以一麑而不忍,又将能忍吾子乎?故曰:『巧詐不如拙誠』,楽羊以有功而見疑,秦西巴以有罪而益信;由仁与不仁也。」

書き下し

楽羊魏の将と為り、以て中山を攻む、其の子中山に在り、中山其の子を県けて楽羊に示す、楽羊衰志を為さず、之を攻むること愈々急なり、中山因りて其の子を烹て之を遺る、楽羊之を食して一杯を尽す、中山其の誠を見て、与に戦ふに忍びず、果して之を下す、遂に魏の文侯の為に地を開く、文侯其の功を賞して其の心を疑ふ。孟孫猟して麑を得、秦西巴をして持ちて帰らしむ、其の母随ひて鳴く、秦西巴忍びず、縦して之に与ふ、孟孫怒りて秦西巴を逐ふ、一年居りて召して以て太子の侍と為す、左右曰く、「夫れ秦巴君に罪有り、今以て太子の傅と為すは、何ぞや」と。孟孫曰く、「夫れ一麑を以て忍びざれば、又将に吾が子を忍ぶ能はんや。故に曰く、『巧詐は拙誠に如かず』、楽羊は功有るを以て疑はれ、秦西巴は罪有るを以て益々信ぜらる、仁と不仁とに由ればなり」と。

現代語訳

楽羊は魏の将軍となり、中山国を攻めた。彼の息子は中山国にいたが、中山側はその息子を城壁に吊るして楽羊に見せつけた。楽羊は志を挫かれることなく、ますます攻撃を激しくした。中山側はそこで息子を煮て、その羹を楽羊のもとに送った。楽羊はそれを一杯食べ尽くした。中山側は楽羊のこの誠実さ(覚悟)を見て、これ以上戦う気力を失い、ついに降伏した。こうして楽羊は魏の文侯のために領地を開いた。しかし文侯はその功績を賞しながらも、内心では楽羊の心を疑った。一方、孟孫氏は狩りで小鹿を得て、秦西巴に持ち帰らせようとしたが、母鹿が鳴きながらついてきた。秦西巴は忍びなくなり、小鹿を放して母鹿に返してやった。孟孫氏は怒って秦西巴を追放した。しかし一年後、彼を呼び戻して太子の側仕えとした。周りの者が「あの秦西巴は殿に罪を犯した者なのに、今、太子の傅役にするとはどういうことですか」と尋ねると、孟孫氏は言った、「そもそも一頭の小鹿にすら忍びない心を持つ者が、どうして私の子に対して残忍になれようか。だから言うのだ、『巧妙な偽りは、稚拙でも誠実であることに及ばない』と。楽羊は功績があったのに疑われ、秦西巴は罪があったのにいっそう信頼された。それは仁の心があるかないかの違いによるのだ」と。

解説

同じ「子(我が子・小鹿)」を巡る二つの対照的な逸話を並べることで、功績と人間性のどちらが真の信頼を生むかを問う構成が秀逸である。楽羊は軍事的には輝かしい功績を挙げたが、我が子の肉すら平然と口にした冷酷さゆえに、かえって主君に疑われた。一方、秦西巴は主命に背くという「罪」を犯しながらも、そこに滲む惻隠の情ゆえに、かえって重用された。「巧詐は拙誠に如かず」という言葉は、巧みに取り繕った成果よりも、不器用でも滲み出る誠実さの方が、長期的な信頼を勝ち得るという普遍的な真理を示す。成果だけを評価基準とする組織が見落としがちな、人間性という別の評価軸の重要性を教える逸話である。

この章句が説くこと

巧詐拙誠人間性信頼の基準

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