孟子 / 盡心章句下
盆成括仕於齊。孟子曰、死矣盆成括。盆成括見殺。門人問曰、夫子何以知其將見殺。曰、其為人也小有才。未聞君子之大道也。則足以殺其軀而已矣。
新字:盆成括仕於斉。孟子曰、死矣盆成括。盆成括見殺。門人問曰、夫子何以知其将見殺。曰、其為人也小有才。未聞君子之大道也。則足以殺其軀而已矣。
書き下し
盆成括、齊に仕う。孟子曰く、「死なん、盆成括は。」盆成括殺さる。門人問うて曰く、「夫子は何を以て其の將に殺されんとするを知るか。」曰く、「其の人と為りや、小しく才有り。未だ君子の大道を聞かざるなり。則ち以て其の軀を殺すに足るのみ。」
現代語訳
嘗て孟子に学んでことがある盆成括が齊に仕えた。それを知った孟子は言った。 「殺されるだろう、あの盆成括という男は。」 その後果たして彼は殺された。それを知った門人たちは孟子に尋ねた。 「先生はどうして彼が殺されるだろうと思われたのですか。」 「あの男の人柄は、なまじっか小才があって、君子の踏むべき仁義謙順の大道を学んでいない。それでは小才に頼って、結局身を亡ぼすことになるだけなのだ。」
解説
表面的な知識やちょっとした器用さだけで世の中を渡り歩こうとすると、いつか必ず大きな壁にぶつかり、失敗を招くことになります。本当に大切なのは、小手先のテクニックではなく、人として守るべき基本的なルールや誠実さといった確固たる土台です。ビジネスシーンでも、目先の利益を追うための小賢しい手段に頼るのではなく、まずは自分自身の人間性を高め、本質的な知識を身につける努力を怠らないことが、長期的な成功へとつながります。
この章句が説くこと
小才本質人間性
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