戦国策 / 公孫衍為魏將
公孫衍為魏將,與其相田繻不善。季子為衍謂梁王曰:「王獨不見夫服牛驂驥乎?不可以行百步。今王以衍為可使將,故用之也;而聽相之計,是服牛驂驥也。牛馬俱死,而不能成其功,王之國必傷矣!願王察之。」
新字:公孫衍為魏将,与其相田繻不善。季子為衍謂梁王曰:「王独不見夫服牛驂驥乎?不可以行百歩。今王以衍為可使将,故用之也;而聴相之計,是服牛驂驥也。牛馬倶死,而不能成其功,王之国必傷矣!願王察之。」
書き下し
公孫衍魏の将と為り、其の相田繻(でんじゅ)と善からず。季子衍の為に梁王に謂いて曰わく、「王独り夫の牛に服して驥に驂(さん)するを見ずや、以て百歩を行くべからず。今王衍を以て将たらしむべしと為し、故に之を用う。而して相の計を聴かば、是れ牛に服して驥に驂するなり。牛馬俱に死して、其の功を成す能わず、王の国必ず傷つかん。願わくは王之を察せられよ。」
現代語訳
公孫衍は魏の将軍となったが、その宰相である田繻とは折り合いが悪かった。季子は公孫衍のために梁王(魏王)にこう言った。「王はあの、牛に軛(くびき)をつけて駿馬とともに車を引かせる例をご覧になったことはございませんか。そのようなやり方では、百歩さえまともに進むことはできません。今、王は公孫衍を将軍として用いるにふさわしいと判断されたからこそ、彼を登用なさったはずです。それなのに、宰相の考えばかりを聞き入れるならば、それはまさに牛と駿馬を軛でつないで一緒に走らせるようなものです。牛も馬もともに疲弊して死んでしまい、何の功績も成し遂げられず、王の国は必ず傷つくことになるでしょう。どうか王には、このことをよくお考えいただきたく存じます。」
解説
この一篇は、魏の将軍公孫衍と宰相田繻との不和を背景に、季子が「牛と駿馬を一緒に軛でつなぐ」という譬えを用いて、王に人事の整合性を問い直すよう進言した記事です。牛の歩みと駿馬の駆けとでは本来の性質がまったく異なり、無理に一緒に走らせればどちらも本来の力を発揮できずに共倒れになってしまいます。季子はこれを、将軍として抜擢した公孫衍の判断と、宰相田繻の意向とが食い違ったまま両方を無理に併存させている魏の政治状況になぞらえ、このままでは国そのものが傷つくと警告しました。異なる能力・立場・方針を持つ人材を、その違いを調整しないまま同じ枠組みの中に押し込めれば、互いの強みが相殺されて共倒れになるという教訓は、現代の組織運営における役割分担や権限の明確化の重要性を鋭く突いています。
この章句が説くこと
戦国策魏一公孫衍田繻季子人事の整合性
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