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戦国策 / 淳于髡一日而見七人於宣王

淳于髡一日而見七人於宣王。王曰:「子來,寡人聞之,千里而一士,是比肩而立;百世而一聖,若隨踵而至也。今子一朝而見七士,則士不亦眾乎?」淳于髡曰:「不然。夫鳥同翼者而聚居,獸同足者而俱行。今求柴葫、桔梗於沮澤,則累世不得一焉。及之睪黍、梁父之陰,則郄車而載耳。夫物各有疇,今髡賢者之疇也。王求士於髡,譬若挹水於河,而取火於燧也。髡將復見之,豈特七士也。」

新字:淳于髡一日而見七人於宣王。王曰:「子来,寡人聞之,千里而一士,是比肩而立;百世而一聖,若随踵而至也。今子一朝而見七士,則士不亦眾乎?」淳于髡曰:「不然。夫鳥同翼者而聚居,獣同足者而俱行。今求柴葫、桔梗於沮沢,則累世不得一焉。及之睪黍、梁父之陰,則郄車而載耳。夫物各有疇,今髡賢者之疇也。王求士於髡,譬若挹水於河,而取火於燧也。髡将復見之,豈特七士也。」

書き下し

淳于髡一日にして七人を宣王に見(まみ)えしむ。王曰く、「子來れ、寡人聞く、千里にして一士は、是れ肩を比べて立つがごとく、百世にして一聖は、隨踵して至るが若し、と。今子一朝にして七士を見えしむれば、則ち士も亦た衆(おお)からずや。」淳于髡曰く、「然らず。夫れ鳥は翼を同じくする者にして聚居し、獸は足を同じくする者にして俱に行く。今柴葫・桔梗を沮澤に求むれば、則ち累世に一を得ず。之を睪黍・梁父の陰に及ぼせば、則ち車に郄(みた)して載するのみ。夫れ物各おの疇有り、今髡は賢者の疇なり。王士を髡に求むるは、譬へば水を河に挹(く)み、火を燧に取るがごとし。髡將に復た之を見えしめんとす、豈に特(た)だ七士のみならんや。」

現代語訳

淳于髡は一日のうちに七人の賢者を宣王に会わせた。王は言った。「あなたは来なさい。私が聞くところでは、千里に一人の賢士がいれば、まるで肩を並べているほど多いと言われ、百代に一人の聖人が出れば、まるで踵を接して次々現れるほど貴重だと言われる。それなのに、あなたは一朝にして七人もの賢士に会わせてくれた。それでは賢士があまりに多すぎはしないか。」淳于髡は答えた。「そうではありません。鳥は同じ翼を持つ者同士が群れて棲み、獣は同じ足を持つ者同士が連れ立って行動するものです。今、柴葫や桔梗のような薬草を沼沢地で探せば、何世代かけても一本も得られないでしょう。しかし睪黍や梁父山の北側で探せば、車いっぱいに積めるほど得られます。物事にはそれぞれ仲間というものがあり、私、髡もまた賢者の仲間なのです。王が私に賢士を求められるのは、たとえるなら川で水を汲み、火打ち石で火を取るようなものです。私はこれからもさらに賢士を推薦するつもりですが、それは何も七人だけにとどまりません。」

解説

一日で七人もの賢士を紹介した淳于髡に対し、宣王は「あまりに多すぎるのではないか」と疑いを向けます。淳于髡は同類は群れるという自然の摂理を引き合いに出し、自分自身が賢者の仲間であるからこそ、賢者を数多く見出せるのだと説明します。人材は無作為に探すのではなく、その分野に通じた人物を介して探せば効率よく見つかるという類は友を呼ぶの理は、人材登用における紹介・推薦の重要性を示す普遍的な知見です。優れた人材を求めるなら、まず優れた人物とのつながりを作ることが近道である、という現代の採用や人脈形成にも通じる教えです。

この章句が説くこと

戦国策淳于髡斉宣王人材登用類は友を呼ぶ

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