呂氏春秋 / 分職④
棗,棘之有;裘,狐之有也。食棘之棗,衣狐之皮,先王固用非其有,而己有之。湯、武一日而盡有夏、商之民,盡有夏、商之地,盡有夏、商之財,以其民安而天下莫敢之危,以其地封而天下莫敢不說,以其財賞而天下皆競,無費乎郼與岐周,而天下稱大仁、稱大義,通乎用非其有。
新字:棗,棘之有;裘,狐之有也。食棘之棗,衣狐之皮,先王固用非其有,而己有之。湯、武一日而尽有夏、商之民,尽有夏、商之地,尽有夏、商之財,以其民安而天下莫敢之危,以其地封而天下莫敢不説,以其財賞而天下皆競,無費乎郼与岐周,而天下称大仁、称大義,通乎用非其有。
書き下し
棗は棘の有、裘は狐の有なり。棘の棗を食らい、狐の皮を衣る。先王は固より其の有に非ざるを用いて己之を有す。湯・武は一日にして盡く夏・商の民を有し、盡く夏・商の地を有し、盡く夏・商の財を有し、其の民を以て安んじて、天下敢て之を危うくすること莫く、其の地を以て封じて、天下敢て說ばざること莫く、其の財を以て賞して、天下皆競う。郼と岐周とを費やすこと無くして、天下は大仁を稱し、大義を稱す。其の有に非ざるを用うるに通ずればなり。
現代語訳
棗は棘(いばら)のもの、皮衣は狐のものだ。棘の棗を食べ、狐の皮を着る。先王はもとより自分の物でないものを用いて自分の物とした。湯王・武王は一日にして夏・商の民をことごとく我が民とし、その地をことごとく我が地とし、その財をことごとく我が財とした。その民で天下を安んじたので天下は誰も危うくせず、その地で封じたので天下は誰も喜ばぬ者なく、その財で賞したので天下は皆競い励んだ。殷の故地や周の故地を費やすことなく、天下は湯武を大仁と称え大義と称えた。自分の物でないものを用いることに通じていたからだ。
解説
この段は、棗や狐皮のように本来他に属するものを活かす発想を、湯王・武王の易姓革命に重ねます。両王は滅ぼした夏・商の民・地・財をそのまま用い、民で天下を安んじ、地で諸侯を封じ、財で賞して人々を奮い立たせました。自国の資源を消耗せずして大仁大義と称えられたのは、他者の資源を使いこなす道に通じていたからだ、というのです。背景には、無から生み出すより既存の資源を適切に配分・活用する統治の妙があります。現代でも、既存の人材・設備・市場を上手に組み替えて価値を生む経営は、自前主義でゼロから築くより効率的なことが多く、資源活用と再配分の思想として示唆に富みます。
この章句が説くこと
湯王武王易姓革命資源活用分配用非其有
関連する章句
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呂氏春秋・異用①萬物同じくして、之を用うること人に於いて異なるなり。此れ治亂存亡死生の原なり。故に國廣巨に、兵彊富なるも、未だ必ずしも安らかざるなり。尊貴高大なるも、未だ必ずしも顯れざるなり。之を用うるに在り。桀・紂は其の材を用いて、以て其の亡を成し、湯・武は其の材を用いて、以て其の王を成せり。
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呂氏春秋・用民⑥夙沙の民は、自ら其の君を攻めて、神農に歸す。密須の民は、自ら其の主を縛りて、文王に與う。湯・武は徒に能く其の民を用うるのみに非ざるなり、又能く己の民に非ざるものを用う。能く己の民に非ざるものを用うれば、國小なりと雖も、卒少しと雖も、功名は猶ほ立つ可し。古昔、布衣由り一世を定めし者多し。皆能く其の有に非ざるものを用いたればなり。其の有に非ざるの心を用うる、之が本を察せざる可からず。三代の道に二無し。信を以て管と為す。
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呂氏春秋・用民④禹の時に當りて、天下に萬國あり。湯に至りて三千餘國あり。今存する者無きは、皆其の民を用うること能わざればなり。民の用いられざるは、賞罰充たらざればなり。湯・武は夏・商の民に因れり。之を用うる所以を得たればなり。管・商も亦た齊・秦の民に因れり。之を用うる所以を得たればなり。民の用いらるるや故有り。其の故を得れば、民用いられざる所無し。民を用うるには紀有り、綱有り。壹たび其の紀を引けば、萬目皆起こり、壹たび其の綱を引けば、萬目皆張る。民の紀綱為る者は何ぞや。欲なり、惡なり。何をか欲し、何をか惡む。榮利を欲し、辱害を惡む。辱害は罰の充を為す所以なり。榮利は賞の實を為す所以なり。賞罰皆充實有れば、則ち民用いられざる無し。
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呂氏春秋・適威①先王の其の民を使うは、良馬を御するが若し。任を輕くし節を新たなるままにすれば、走らんと欲すれども得ず。故に千里を致す。善く其の民を用うる者も亦た然り。民日夜用いられんことを祈むれども得可からず。苟し上の用を為すを得ば、民の之に走るや、積水を千仞の谿に決するが若し。其れ誰か能く之に當たらん。周書に曰く、「民は之を善くすれば則ち畜し、善くせざれば則ち讎なり。」讎有りて衆きは、有る無きに若かず。厲王は天子なり。讎有りて衆し。故に彘に流され、禍い子孫に及べり。召公虎微かりせば、絕えて後嗣無からん。今世の人主、多く之を衆くせんことを欲して、而も善くするを知らず。此れ其の讎を多くするなり。善くせざれば、則ち有せられず。有するとは、必ず其の心の愛に縁うの謂なり。其の形を有するは、之を有すと謂う可からず。舜は布衣にして天下を有し、桀は天子にして、而も息うことを得ざるは、此れ由り生ず。有無の論、熟せざる可からず。湯・武は此の論に通ず。故に功名立つ。
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