呂氏春秋 / 博志④
甯越,中牟之鄙人也,苦耕稼之勞,謂其友曰:「何為而可以免此苦也?」其友曰:「莫如學。學三十歲則可以達矣。」甯越曰:「請以十五歲。人將休,吾將不敢休;人將臥,吾將不敢臥。」十五歲而周威公師之。矢之速也,而不過二里止也;步之遲也,而百舍不止也。今以甯越之材而久不止,其為諸侯師,豈不宜哉?
新字:甯越,中牟之鄙人也,苦耕稼之労,謂其友曰:「何為而可以免此苦也?」其友曰:「莫如學。學三十歲則可以達矣。」甯越曰:「請以十五歲。人将休,吾将不敢休;人将臥,吾将不敢臥。」十五歲而周威公師之。矢之速也,而不過二里止也;歩之遅也,而百舎不止也。今以甯越之材而久不止,其為諸侯師,豈不宜哉?
書き下し
甯越は、中牟の鄙人なり。耕稼の勞に苦しみ、其の友に謂いて曰く、「何を為してか、以て此の苦しみを免る可けんや。」其の友曰く、「學ぶに如くは莫し。學ぶこと三十歲なれば則ち以て達す可し。」甯越曰く、「請う十五歲を以てせん。人將に休まんとするも、吾將に敢て休まざらんとす。人將に臥せんとするも、吾將に敢て臥せざらんとす。」十五歲にして周の威公之を師とす。矢の速きも、二里を過ぎずして止まる。歩の遲きも、百舍にして止まらず。今、甯越の材を以てして久しく止まらず。其の諸侯の師為ること、豈に宜ならずや。
現代語訳
甯越は中牟の田舎者であった。農耕の労苦に苦しみ、友に言った、「どうすればこの苦しみから逃れられるだろうか」。友は「学問に及ぶものはない。三十年学べば立身できよう」と言った。甯越は「私は十五年でやろう。人が休もうとしても私はあえて休まない。人が寝ようとしても私はあえて寝ない」と言った。十五年して周の威公が彼を師とした。矢は速いが、二里を越えずに止まる。歩みは遅いが、百舎(長い道のり)を止まらず進む。今、甯越の才をもって長く止まらず努めた。彼が諸侯の師となったのも、当然ではないか。
解説
この段は、農耕の労苦を嫌った甯越が、三十年かかると言われた学問を、休まず寝ずに励んで十五年で成し遂げ、周の威公の師となった逸話です。速い矢は二里で止まるが、遅い歩みも止まらなければ長大な距離を進む、という対比が核心です。才の有無より、止まらず続けることが到達を決めると説きます。背景には、志を専一に持続する努力の重視があります。現代でも、瞬発的な才気より、地道に休まず積み重ねる継続力が大きな成果を生みます。速さより止まらないこと、という甯越の姿勢は、長期的な自己研鑽の価値を鮮やかに教えてくれます。
この章句が説くこと
甯越中牟継続努力周威公持続力
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