呂氏春秋 / 長利②
堯治天下,伯成子高立為諸侯。堯授舜,舜授禹,伯成子高辭諸侯而耕。禹往見之,則耕在野。禹趨就下風而問曰:「堯理天下,吾子立為諸侯,今至於我而辭之,故何也?」伯成子高曰:「當堯之時,未賞而民勸,未罰而民畏,民不知怨,不知說,愉愉其如赤子。今賞罰甚數,而民爭利且不服,德自此衰,利自此作,後世之亂自此始。夫子盍行乎,無慮吾農事。」協而耰,遂不顧。夫為諸侯,名顯榮,實佚樂,繼嗣皆得其澤,伯成子高不待問而知之,然而辭為諸侯者,以禁後世之亂也。
新字:堯治天下,伯成子高立為諸侯。堯授舜,舜授禹,伯成子高辞諸侯而耕。禹往見之,則耕在野。禹趨就下風而問曰:「堯理天下,吾子立為諸侯,今至於我而辞之,故何也?」伯成子高曰:「当堯之時,未賞而民勧,未罰而民畏,民不知怨,不知説,愉愉其如赤子。今賞罰甚数,而民争利且不服,徳自此衰,利自此作,後世之乱自此始。夫子盍行乎,無慮吾農事。」協而耰,遂不顧。夫為諸侯,名顕栄,実佚楽,継嗣皆得其沢,伯成子高不待問而知之,然而辞為諸侯者,以禁後世之乱也。
書き下し
堯、天下を治むるや、伯成子高、立ちて諸侯為り。堯、舜に授け、舜、禹に授くるや、伯成子高、諸侯を辭して耕す。禹往きて之を見れば、則ち耕して野に在り。禹趨りて下風に就いて問いて曰く、「堯。天下を理むるや、吾子立ちて諸侯為り、今、我に至りて之を辭す。故は何ぞや。」伯成子高曰く、「堯の時に當りては、未だ賞せずして民勸み、未だ罰せずして民畏れ、民怨むことを知らず、說ぶことを知らず、愉愉として其れ赤子の如し。今賞罰甚だ數々にして、民利を爭い且つ服せず。德此れ自り衰え、利此れ自り作り、後世の亂此れ自り始まる。夫子盍ぞ行らざるか。吾が農事を慮すこと無かれ。」協して耰し、遂に顧みず。夫れ諸侯為れば、名は顯榮し、實は佚樂し、繼嗣皆其の澤を得。伯成子高、問うことをを待たずして之を知る、然るに諸侯為るを辭するは、以て後世の亂を禁ぜんとすればなり。
現代語訳
堯が天下を治めたとき、伯成子高は諸侯となっていた。堯が舜に位を授け、舜が禹に授けると、伯成子高は諸侯の位を辞して耕作した。禹が行って会うと、野で耕していた。禹は走り寄って風下に立ち、問うた、「堯が天下を治めたとき、あなたは諸侯となっていた。今、私の代になって辞めたのは、なぜですか」。伯成子高は言った、「堯の時代には、賞を与えずとも民は励み、罰せずとも民は畏れ、民は怨みも喜びも知らず、赤子のように和やかだった。今は賞罰がひどく頻繁で、民は利を争ってしかも従わない。徳はこれから衰え、利はこれから起こり、後世の乱はこれから始まる。あなたはどうか行きなさい、私の農事を乱さないでほしい」。そして穏やかに種を覆い、ついに振り返らなかった。諸侯であれば、名は輝き栄え、実は安楽で、子孫もみなその恩恵を受ける。伯成子高は問われるまでもなくそれを知っていたが、それでも諸侯を辞したのは、後世の乱を防ごうとしたからである。
解説
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呂氏春秋・當賞①民無道知天,民以四時寒暑日月星辰之行知天。四時寒暑日月星辰之行當,則諸生有血氣之類皆為得其處而安其產。人臣亦無道知主,人臣以賞罰爵祿之所加知主。主之賞罰爵祿之所加者宜,則親疏遠近賢不肖皆盡其力而以為用矣。
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呂氏春秋・義賞①春氣至則草木產,秋氣至則草木落,產與落或使之,非自然也。故使之者至,物無不為;使之者不至,物無可為。古之人審其所以使,故物莫不為用。賞罰之柄,此上之所以使也。其所以加者義,則忠信親愛之道彰。久彰而愈長,民之安之若性,此之謂教成。教成則雖有厚賞嚴威弗能禁。故善教者,不以賞罰而教成,教成而賞罰弗能禁。用賞罰不當亦然。姦偽賊亂貪戾之道興,久興而不息,民之讎之若性,戎、夷、胡、貉、巴、越之民是以,雖有厚賞嚴罰弗能禁。郢人之以兩版垣也,吳起變之而見惡,賞罰易而民安樂;氐羌之民,其虜也,不憂其係纍,而憂其死不焚也;皆成乎邪也。故賞罰之所加,不可不慎。且成而賊民。
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『韓非子』老第二十一人君見賞,而人臣用其勢;人君見罰,人臣乘其威。故曰:「邦之利器,不可以示人。」越王入宦於吴,而觀之伐齊以弊吳。吳兵既勝齊人於艾陵,張之於江、濟,強之於黄池,故可制於五湖。
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呂氏春秋・用民④當禹之時,天下萬國,至於湯而三千餘國,今無存者矣,皆不能用其民也。民之不用,賞罰不充也。湯、武因夏、商之民也,得所以用之也。管、商亦因齊、秦之民也,得所以用之也。民之用也有故,得其故,民無所不用。用民有紀有綱,壹引其紀,萬目皆起,壹引其綱,萬目皆張。為民紀綱者何也?欲也惡也。何欲何惡?欲榮利,惡辱害。辱害所以為罰充也,榮利所以為賞實也。賞罰皆有充實,則民無不用矣。
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