呂氏春秋 / 必己②
莊子行於山中,見木甚美,長大,枝葉盛茂,伐木者止其旁而弗取,問其故,曰:“無所可用。”莊子曰:“此以不材得終其天年矣。”出於山,及邑,舍故人之家。故人喜,具酒肉,令豎子為殺鴈饗之。豎子請曰:“其一鴈能鳴,一鴈不能鳴,請奚殺?”主人之公曰:“殺其不能鳴者。”明日,弟子問於莊子曰:“昔者山中之木以不材得終天年,主人之鴈以不材死,先生將何以處?”莊子笑曰:“周將處於材、不材之間。材、不材之間,似之而非也,故未免乎累。若夫道德則不然:無訝無訾,一龍一蛇,與時俱化,而無肯專為;一上一下,以禾為量,而浮游乎萬物之祖,物物而不物於物,則胡可得而累?此神農、黃帝之所法。若夫萬物之情、人倫之傳則不然:成則毀,大則衰,廉則剉,尊則虧,直則骫,合則離,愛則隳,多智則謀,不肖則欺,胡可得而必?”
新字:荘子行於山中,見木甚美,長大,枝葉盛茂,伐木者止其旁而弗取,問其故,曰:“無所可用。”荘子曰:“此以不材得終其天年矣。”出於山,及邑,舎故人之家。故人喜,具酒肉,令豎子為殺鴈饗之。豎子請曰:“其一鴈能鳴,一鴈不能鳴,請奚殺?”主人之公曰:“殺其不能鳴者。”明日,弟子問於荘子曰:“昔者山中之木以不材得終天年,主人之鴈以不材死,先生将何以処?”荘子笑曰:“周将処於材、不材之間。材、不材之間,似之而非也,故未免乎累。若夫道徳則不然:無訝無訾,一竜一蛇,与時倶化,而無肯専為;一上一下,以禾為量,而浮游乎万物之祖,物物而不物於物,則胡可得而累?此神農、黄帝之所法。若夫万物之情、人倫之伝則不然:成則毀,大則衰,廉則剉,尊則虧,直則骫,合則離,愛則隳,多智則謀,不肖則欺,胡可得而必?”
書き下し
莊子、山中に行き、木の甚だ美にして、長大、枝葉の盛茂するを見る。木を伐る者、其の旁に止まれども取らず。其の故を問う。曰く、「用う可き所無し。」莊子曰く、「此れ不材なるを以て其の天年を終うるを得たり。」山を出で、邑に及び、故人の家に舎す。故人喜び、酒肉を具え、豎子をして為に鴈を殺して之を饗せしむ。豎子請いて曰く、「其の一鴈は能く鳴き、一鴈は鳴くこと能わず。請う奚れをか殺さん。」主人の公曰く、「其の鳴くこと能わざる者を殺せ。」明日、弟子、莊子に問いて曰く、「昔者、山中の木、不材を以て天年を終うるを得たり。主人の鴈は不材を以て死す。先生將に何を以てか處らんとする。」莊子笑いて曰く、「周は將に材と不材との間に處らんとす。材と不材との間は、之に似て非なり。故に未だ累を免れず。夫の道德の若きは則ち然らず。訝えらるる訾らるる無し。一龍一蛇、時と俱に化して、肯えて專らに為すこと無し。一上一下、禾を以て量と為して、萬物の祖に浮游す。物を物として物に物とせられざれば、則ち胡ぞ得て累わす可けんや。此れ神農・黄帝の法る所なり。夫の萬物の情、人倫の傳の若きは則ち然らず。成れば則ち毀れ、大なれば則ち衰え、廉なれば則ち剉け、尊ければ則ち虧け、直なれば則ち骫り、合えば則ち離れ、愛すれば則ち隳れ、智多ければ則ち謀られ、不肖なれば則ち欺むかる。胡ぞ得て必とす可けんや。」
現代語訳
荘子が山中を歩き、たいそう立派で大きく枝葉の茂った木を見た。木こりがそのそばにいながら伐らない。理由を問うと「使い道がない」と言う。荘子は「この木は役に立たないおかげで天寿を全うできたのだ」と言った。山を出て町に着き、旧友の家に泊まった。友は喜んで酒肉を用意し、召使いに雁を殺してもてなさせようとした。召使いが「一羽はよく鳴き、一羽は鳴けません。どちらを殺しましょう」と尋ねると、主人は「鳴けない方を殺せ」と言った。翌日、弟子が荘子に問うた。「昨日、山中の木は役立たずのおかげで天寿を全うし、主人の雁は役立たずのために殺されました。先生はどちらの立場を取られますか。」荘子は笑って言った。「私は役立つと役立たずの間に身を置こう。だがその間というのは、正しいようで正しくない。だからまだ累すなわちわずらいを免れない。かの道と徳ならそうではない。迎えられも謗られもせず、あるときは龍のように現れあるときは蛇のように潜み、時とともに変化して一つのことに固執しない。あるときは上りあるときは下り、調和を尺度として万物の根源に遊ぶ。物を物としながら物に支配されなければ、どうして累に煩わされよう。これこそ神農や黄帝が則った道だ。だが万物の実情や人の世の常はそうではない。成れば壊れ、大きくなれば衰え、鋭ければ挫かれ、高ければ欠け、まっすぐなら曲げられ、合えば離れ、愛せば損なわれ、知恵が多ければ謀られ、愚かなら欺かれる。どうして当てにできようか。」
解説
この章句が説くこと
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『正法眼蔵随聞記』巻二いまだ聞かず三国の例、財宝にとみ、愚人の帰敬をもつて道徳とすべきことを、道心者と云ふは昔しより三国みな貧にして、身をくるしくし、一切を省約して、慈あり道あるをまことに行者と云ふなり、徳のあらはるゝと云も、財宝にゆたかに、供養にほこるを云にあらす、徳の顕はるゝに三重あるべし、先つは其の人其の道を修するなりと知らるゝなり、次には其の道を慕ふ者いで来る、後には其の道をおなじく学し同じく行ずる、是を道徳のあらはるゝと云ふなり、
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『長短経』道徳夫れ兵に出だすべからざる者三あり。国に和せざれば、以て軍を出だすべからず。軍に和せざれば、以て陣を出だすべからず。陣に和せざれば、以て戦いを出だすべからず。故に孫子曰く、一に曰く道。道なる者は、人をして上と意を同じくせしむる者なり。故に之と死すべく、之と生くべくして、人危うきを畏れず。〔危は、疑なり。主上素より仁を下に施すこと有れば、則ち士は能く前に致して敵に赴き、故に与に存亡の難に処りて、傾危の敗を畏れざるを言う。晋陽の囲み、竈を沈めて蛙を生ずるも、民に叛疑無きが若きなり。〕
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『論語と算盤』理想と迷信・道徳は進化すべきか道徳というものは、他の理学化学のように、だんだん進化して行くものであるか、つまり道徳は文明に従って進化すべきものであるかというのである。ちょっと了解し難い言葉であるが、前にも言うごとく、宗教信念をもって道徳を堅固にするがよいか、さなくとも論理の上から徳義心は維持出来るものであるというように、追々その解釈が進化し来たりはせぬか。けだし道徳という文字は、支那古代の唐虞の世より、王者の道というのがすなわち道徳の語原である。ゆえに道徳という文字はよほど古い。
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『酔古堂剣掃』集豪・寂寞一時、淒涼萬古道德に棲守する者は、寂寞たること一時。 權變に依阿する者は、淒涼たること萬古。
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『呻吟語』内篇・修身・道德の實を潛かに修む文名・才名・藝名・勇名は、人盡く讓り得過ぐ。惟だ是れ道德の名は、則ち妒む者眾し。文無く才無く藝無く勇無きは、人盡く謙り得起こる。惟だ是れ道德の名無きは、則ち愧づる者眾し。君子は道德の實を以て潛かに修め、道德の名を以て自ら掩ふ。
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『茶の本』第三章 道教と禅道・聖人はよく世とともに推移す道教でいう絶対は相対であることは、すでに述べたところであるが、倫理学においては道教徒は社会の法律道徳を罵倒した。というのは、彼らにとっては正邪善悪は単なる相対的の言葉であったから。定義は常に制限である。「一定」「不変」は単に成長停止を表わす言葉に過ぎない。屈原いわく「聖人はよく世とともに推移す」。われらの道徳的規範は社会の過去の必要から生まれたものであるが、社会は依然として旧態にとどまるべきものであろうか。社会の慣習を守るためには、その国に対して個人を絶えず犠牲にすることを免れぬ。教育はその大迷想を続けんがために一種の無知を奨励する。人は真に徳行ある人たることを教えられずして、行儀正しくせよと教えられる。

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