呂氏春秋 / 謹聽①
昔者禹一沐而三捉髮,一食而三起,以禮有道之士,通乎己之不足也。通乎己之不足,則不與物爭矣。愉易平靜以待之,使夫自得之;因然而然之,使夫自言之。亡國之主反此,乃自賢而少人,少人則說者持容而不極,聽者自多而不得,雖有天下何益焉?是乃冥之昭,亂之定,毀之成,危之寧,故殷、周以亡,比干以死,誖而不足以舉。故人主之性,莫過乎所疑,而過於其所不疑;不過乎所不知,而過於其所以知。故雖不疑,雖已知,必察之以法,揆之以量,驗之以數。若此則是非無所失,而舉措無所過矣。
新字:昔者禹一沐而三捉髪,一食而三起,以礼有道之士,通乎己之不足也。通乎己之不足,則不与物争矣。愉易平静以待之,使夫自得之;因然而然之,使夫自言之。亡国之主反此,乃自賢而少人,少人則説者持容而不極,聴者自多而不得,雖有天下何益焉?是乃冥之昭,乱之定,毀之成,危之寧,故殷、周以亡,比干以死,誖而不足以舉。故人主之性,莫過乎所疑,而過於其所不疑;不過乎所不知,而過於其所以知。故雖不疑,雖已知,必察之以法,揆之以量,験之以数。若此則是非無所失,而舉措無所過矣。
書き下し
昔者、禹は一たび沐して三たび髪を捉え、一たび食して三たび起ち、以て有道の士を禮す。己の足らざるを通ぜんとすればなり。己の足らざるを通ずれば、則ち物と爭わず。愉易平靜、以て之を待ち、夫をして自ら之を得しめ、然るに因りて之を然りとし、夫をして自ら之を言わしむ。亡國の主は此に反す。乃ち自ら賢なりとして人を少なしとす。人を少なしとすれば、則ち説者容を持して極さず。聽く者は自ら多として得ず。天下を有つと雖も何ぞ益せん。是れ乃ち冥を之れ昭とし、亂を之れ定とし、毀を之れ成とし、危を之れ寧とす。故に殷・周以て亡び、比干以て死するも、誖りて以て舉ぐるに足らず。故に人主の性は、疑う所に過つこと莫くして、其の疑わざる所に過つ。知らざる所に過たずして、其の以て知る所に過つ。故に疑わずと雖も、已に知ると雖も、必ず之を察するに法を以てし、之を揆るに量を以てし、之を驗するに數を以てす。此くの若くなれば則ち是非失う所無くして、舉措過つ所無し。
現代語訳
昔、禹は一度髪を洗う間に三度も髪を握って中断し、一度の食事の間に三度も立ち上がって、道を体得した士を礼遇した。自分に足りないところを通じさせようとしたのである。自分の不足を補えば、物事と争わなくなる。楽しく安らかに落ち着いて相手を待ち、相手に自ら悟らせ、そのとおりだと認め、相手に自ら語らせる。滅びゆく国の君主はこれと反対で、自分を賢いと思って人を見下す。人を見下せば、説く者は体裁を取り繕って言い尽くさず、聞く者は自分を偉いと思って何も得られない。天下を持っていても何の益があろう。これはつまり、暗いのを明るいとし、乱れを治まりとし、壊れを完成とし、危うきを安らかとするようなものだ。ゆえに殷や周も滅び、比干も死んだが、道理に背いていて手本にするに足りない。人主の性質は、疑うところで過ちは犯さず、疑わないところで過つ。知らないところで過たず、知っていると思うところで過つ。ゆえに疑わなくとも、すでに知っていても、必ず法によって吟味し、基準で測り、数によって検証せねばならない。そうすれば是非を見誤らず、行動に過ちがなくなる。
解説
この章句が説くこと
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