呂氏春秋 / 去尤③
邾之故法,為甲裳以帛。公息忌謂邾君曰:“不若以組。凡甲之所以為固者,以滿竅也。今竅滿矣,而任力者半耳。且組則不然,竅滿則盡任力矣。”邾君以為然,曰:“將何所以得組也?”公息忌對曰:“上用之則民為之矣。”邾君曰:“善。”下令,令官為甲必以組。公息忌知說之行也,因令其家皆為組。人有傷之者曰:“公息忌之所以欲用組者,其家多為組也。”邾君不說,於是復下令,令官為甲無以組。此邾君之有所尤也。為甲以組而便,公息忌雖多為組何傷也?以組不便,公息忌雖無組,亦何益也?為組與不為組,不足以累公息忌之說。用組之心,不可不察也。
新字:邾之故法,為甲裳以帛。公息忌謂邾君曰:“不若以組。凡甲之所以為固者,以満竅也。今竅満矣,而任力者半耳。且組則不然,竅満則尽任力矣。”邾君以為然,曰:“将何所以得組也?”公息忌対曰:“上用之則民為之矣。”邾君曰:“善。”下令,令官為甲必以組。公息忌知説之行也,因令其家皆為組。人有傷之者曰:“公息忌之所以欲用組者,其家多為組也。”邾君不説,於是復下令,令官為甲無以組。此邾君之有所尤也。為甲以組而便,公息忌雖多為組何傷也?以組不便,公息忌雖無組,亦何益也?為組与不為組,不足以累公息忌之説。用組之心,不可不察也。
書き下し
邾の故法、甲を為るに裳に帛を以てす。公息忌、邾君に謂いて曰く、「組を以てするに若かず。凡そ甲の固きを為す所以の者は、竅に満つるを以てなり。今、竅満ちて、力を任す者は半ばのみ。且つ組は則ち然らず。竅満つれば則ち盡く力を任す。」邾君以て然りと為して曰く、「將た何所にか以て組を得ん。」公息忌對えて曰く、「上、之を用うれば則ち民、之を為らん。」邾君曰く、「善し。」令を下し、官をして甲を為るには必ず組を以てせしむ。公息忌、説の行わるるを知るや、因りて其の家に令して皆組を為らしむ。人、之を傷る者有りて曰く、「公息忌の組を用いんと欲する所以は、其の家多く組を為ればなり。」邾君説ばず。是に於て復た令を下し、官をして甲を為るに組を以てすること無からしむ。此れ邾君の尤せらるる所有るなり。甲を為るに組を以てして便なれば、公息忌多く組を為ると雖も、何ぞ傷まんや。組を以て便ならずんば、公息忌に組無しと雖も、亦た何ぞ益せんや。組を為ると組を為らざると、以て公息忌の説を累わすに足らず。組を用うるの心、察せざる可からざるなり。
現代語訳
邾の古い法では、甲冑を作るのに帛(絹布)でさねをつづった。公息忌が邾君に言った、「組紐を使うのに及びません。甲が丈夫なのは、穴が糸で満ちているからです。今は穴は満ちても、力を受け止めるのは半分にすぎません。組紐ならそうではなく、穴が満ちればすべて力を受け止めます」と。邾君はもっともだと思い、「どこで組紐を手に入れよう」と言うと、公息忌は「上が用いれば民が作ります」と答えた。邾君は「よし」と令を下し、役人に甲冑を必ず組紐で作らせた。公息忌は自分の進言が行われると知り、家中の者に組紐を作らせた。すると彼を中傷する者がいて、「公息忌が組紐を勧めたのは、家で組紐を多く作っているからだ」と言った。邾君は不快になり、また令を下して、役人に甲冑を組紐で作らせないようにした。これは邾君がとらわれに陥ったのである。組紐で甲を作って便利なら、公息忌が組紐を多く作っていても何の害があろう。組紐が不便なら、公息忌が組紐を持たなくても何の益もない。組紐を作るか作らないかは、公息忌の進言の是非を左右しない。組紐を用いる本当の心を、よく見極めねばならない。
解説
この章句が説くこと
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