呂氏春秋 / 當務⑤
紂之同母三人,其長曰微子啟,其次曰中衍,其次曰受德。受德乃紂也,甚少矣。紂母之生微子啟與中衍也尚為妾,已而為妻而生紂。紂之父、紂之母欲置微子啟以為太子,太史據法而爭之曰:“有妻之子,而不可置妾之子。”紂故為後。用法若此,不若無法。
新字:紂之同母三人,其長曰微子啟,其次曰中衍,其次曰受徳。受徳乃紂也,甚少矣。紂母之生微子啟与中衍也尚為妾,已而為妻而生紂。紂之父、紂之母欲置微子啟以為太子,太史拠法而争之曰:“有妻之子,而不可置妾之子。”紂故為後。用法若此,不若無法。
書き下し
紂の同母三人、其の長を微子啓と曰い、其の次を中衍と曰い、其の次を受德と曰う。受德は乃ち紂なり。甚だ少し。紂の母の微子啓と中衍とを生むや、尚ほ妾為り。已にして妻と為りて紂を生む。紂の父・紂の母、微子啓を置きて以て太子と為さんと欲す。太史法に據りて之を爭いて曰く、「妻の子有れば、而ち妾の子を置く可からず。」紂故に後と為る。法を用うること此くの若きは、法無きに若かず。
現代語訳
紂には母を同じくする兄弟が三人おり、長男を微子啓、次男を中衍、末子を受徳といいました。受徳がすなわち紂で、いちばん年少でした。紂の母が微子啓と中衍を生んだときは、まだ側室でした。その後、正妻となって紂を生みました。紂の父と母は、微子啓を立てて太子にしようとしました。ところが太史は法にのっとってこれに反対し、「正妻の子がいる以上、側室の子を太子に立てるわけにはいきません」と言いました。それゆえ紂が跡継ぎとなりました。法の用い方がこのようであるなら、法など無い方がましです。
解説
この段は殷の紂王の後継をめぐる逸話で、法が的を外した例です。要点は、賢い長子の微子啓を太子にしようとした父母に対し、太史が「正妻の子を立てるべし」という法を機械的に適用したため、母が正妻となって後に生まれた末子の紂が跡を継いだことです。背景には、嫡出の原則という法が、生まれた時期の偶然によって暴君を君主に据える結果を招いたという皮肉があります。結びの「法を用うること此くの若きは法無きに如かず」が主題です。規則を形式的に運用して本来の目的である良い統治を損なう危うさは、現代のルール運用や制度設計における硬直化への警鐘として読めます。
この章句が説くこと
紂微子啓太史嫡出法当務
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