呂氏春秋 / 當務④
齊之好勇者,其一人居東郭,其一人居西郭,卒然相遇於塗曰:“姑相飲乎?”觴數行,曰:“姑求肉乎?”一人曰:“子肉也?我肉也?尚胡革求肉而為?”於是具染而已,因抽刀而相啖,至死而止。勇若此,不若無勇。
新字:斉之好勇者,其一人居東郭,其一人居西郭,卒然相遇於塗曰:“姑相飲乎?”觴数行,曰:“姑求肉乎?”一人曰:“子肉也?我肉也?尚胡革求肉而為?”於是具染而已,因抽刀而相啖,至死而止。勇若此,不若無勇。
書き下し
齊の勇を好む者、其の一人は東郭に居り、其の一人は西郭に居る。卒然として塗に相遇いて曰く、「姑く相飲まんか。」觴數行にして曰く、「姑く肉を求めんか。」一人曰く、「子も肉なり、我も肉なり。尚ほ胡ぞ革めて肉を求むることを為さんや。是に於て染を具えんのみ。」因りて刀を抽きて相啖い、死に至りて止む。勇此くの若きは、勇無きに若かず。
現代語訳
斉に勇を好む者が二人おり、一人は町の東に住み、一人は町の西に住んでいました。ある時、ふいに道でばったり出会って言いました、「ちょっと一杯やろうか」。杯が何度か巡ると言いました、「ちょっと肉を求めようか」。一人が言いました、「君も肉、私も肉だ。今さらどうしてわざわざ肉を求める必要があろうか。ここは付け汁だけ用意すればよい」。そこで刀を抜いて互いの肉を食らい合い、死ぬまでやめませんでした。勇がこのようであるなら、勇など無い方がましです。
解説
この段は斉の二人の勇者の逸話で、勇が的を外した例です。要点は、勇を誇る二人が意地の張り合いから互いの肉を切り取って食らい合い、死ぬまでやめなかったという、勇が義を欠いて自滅に至る愚を描くことです。背景には前段の総論、すなわち勇は義を行うためにあってこそ価値があるという主題があり、この二人の勇は目的も義もない、ただの向こう見ずでした。結びの「勇此くの若きは勇無きに如かず」がそれを断じます。無意味な面子や強がりが命を損なう滑稽さは、義や目的を欠いた蛮勇の空しさを鮮烈に示し、現代の無謀な意地の張り合いへの戒めとしても読めます。
この章句が説くこと
斉勇者蛮勇勇義当務
関連する章句
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『文武訓』武訓上一生れつきに勇怯あり。勇に血気の勇あり、義理の勇あり。血気の勇は、つよきをやぶりかたきをくだく事すぐれたり。されど気つよきのみにて義なければ、節を守らずたのもしげなし。義理の勇は、節義を守りて、大節にのぞみて義を変ぜず、たのもし。たとへば、犬にも勇犬あり義犬あり。勇犬はむかふ所はたらきつよし。されどもあら野猪出でいかれば、身を引きてのがる。義犬は、つねの時は悪性ならず、盗みせず、人をおそる。けものにむかひてはたらき勇大に及ばざれど、たけくいかれる猪にあひても逃げず。人の主君のために、節を守るが如し。
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論語・陽貨篇子路曰く、「君子は勇を尚ぶか。」子曰く、「君子は義以て上と為す。君子勇有りて義無ければ乱を為し、小人勇有りて義無ければ盗を為す。」
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啓発録・振氣人々其心に感じ、其義勇に畏候へども、今の士は勇はなし、義は薄し、謀略は足らず、迚も千兵万馬の中に切り入り、縦横無碍に駆廻る事はかなふまじ。況んや帷幄の中に在て、運籌決勝之大勲は望むべき所にあらず。
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『文武訓』武訓上一張南軒曰く、君子は難を避けず。亦難に預からず。此意は、不慮にのがれがたき難に臨みて、其場をはづして身をのがるるは怯し、義にあらず。是難を去らざるなり。難にあふとも、難を避けて身をのがるべからず。又、我が身にあづからざる事にわざと出合ひて、難にあづかるは愚なり。此二は共に理にあたらず、勇にあらず。されば身を捨つることはやすけれど、捨ててかひありて理にあたることはかたし。道理にそむきて、死ぬまじき時に死し、あたら命をすつるは愚なりといふべし。死ぬべき時に死なざるは、不義といふ故に、死ぬべからざる時に死して身を失ひ、死ぬべき時に死なずして義を失ふも、共に勇にあらず、理にそむけり。
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『武士道』第四章 勇・敢爲堅忍の精神・義を為すは勇なり勇もし義に由らずんば、即ち徳たるに値ひせず。孔子は論語にて、其常とする、消極よりして勇の定義を下し、『義を見て為さざるは勇無きなり』と説きしが、之を積極に換言すれば、則ち『義を為すは勇なり』となる。危を求め、命を殆くし、死の口に馳する事、人の或は之を以て勇に擬するあり。武人の如きは、誤つてシェイクスピアの所謂『庶出の勇』たる、暴虎憑河、死して悔いざる者を賛すと雖、ひとり武士道は然らず、死すべからずして死するを犬死と賤めたり。水戸の義公はプラトーの名さへ耳にせざりき。されば此哲人が勇を称して、『恐るべきものと、恐るべからざるものとを弁識することなり』と云へるが如きは、固より之を学びたること無し。然るに義公は曰へり、『戦に臨んで身を捨つること難からず、田夫野人と雖、之を能くす。
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『晏子春秋』雑上・崔慶劫齊將軍大夫盟晏子不與崔杼既に莊公を弑して景公を立て、杼と慶封と之を相け、諸将軍大夫、及び顕士庶人を太宮の坎上に劫し、盟わざるを得ざらしむ。壇を為ること三仞、其の下を塪り、甲千を以て列ねて其の内外を環らす。盟う者皆剣を脱して入る。維だ晏子のみ肯んぜず、崔杼之を許す。敢えて盟わざる者有らば、戟其の頸を鉤し、剣其の心を承く。自ら盟わしめて曰く、「崔・慶に与せずして、公室に与する者は、其の不祥を受けん」と。言疾からず、指血に至らざる者は死す。殺す所七人。次いで晏子に及ぶ。晏子杯血を奉じ、天を仰ぎて歎じて曰く、「嗚呼。崔子は無道を為して其の君を弑す。公室に与せずして崔・慶に与する者は、此の不祥を受けん」と。俛して血を飲む。崔杼、晏子に謂いて曰く、「子、子の言を変えれば、則ち斉国は吾子と之を共にせん。子の言を変えざれば、戟既に脰に在り、剣既に心に在り、維だ子之を図れ」と。晏子曰く、「吾を劫すに刃を以てして其の志を失うは、勇に非ざるなり。吾を回すに利を以てして其の君に倍くは、義に非ざるなり。崔子、子独り夫の詩を為まざるか。詩に云う、『莫莫たる葛藟、条枚に施く。愷悌たる君子、福を求めて回ならず』と。今嬰且に以て回りて福を求む可けんや。曲刃もて之を鉤し、直兵もて之を推すとも、嬰は革まらず」と。

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