呂氏春秋 / 振亂③
夫攻伐之事,未有不攻無道而罰不義也。攻無道而伐不義,則福莫大焉,黔首利莫厚焉。禁之者,是息有道而伐有義也,是窮湯、武之事而遂桀、紂之過也。凡人之所以惡為無道不義者,為其罰也;所以蘄〔為〕有道行(有)義者,為其賞也。今無道不義存,存者賞之也;而有道行義窮,窮者罰之也。賞不善而罰善,欲民之治也,不亦難乎?故亂天下害黔首者,若論為大。
新字:夫攻伐之事,未有不攻無道而罰不義也。攻無道而伐不義,則福莫大焉,黔首利莫厚焉。禁之者,是息有道而伐有義也,是窮湯、武之事而遂桀、紂之過也。凡人之所以悪為無道不義者,為其罰也;所以蘄〔為〕有道行(有)義者,為其賞也。今無道不義存,存者賞之也;而有道行義窮,窮者罰之也。賞不善而罰善,欲民之治也,不亦難乎?故乱天下害黔首者,若論為大。
書き下し
夫れ攻伐の事は、未だ無道を攻めずして不義を罰すること有らざるなり。無道を攻めて不義を伐つは、則ち福、焉より大なるは莫し。黔首の利、焉より厚きは莫し。之を禁ずる者は、是れ有道を息めて有義を伐つなり。是れ湯・武の事を窮して、桀・紂の過ちを遂ぐるなり。凡そ人の無道不義を為すを惡む所以の者は、其の罰の為なり。有道を蘄め有義を行う所以の者は、其の賞の為なり。今、無道不義存す。存するは之を賞すればなり。而して有道行義窮す。窮するは之を罰すればなり。不善を賞して善を罰し、民の治まらんことを欲するは、亦た難からずや。故に天下を亂し黔首を害する者は、若き論を大と為す。
現代語訳
そもそも攻伐(討伐)というものは、無道を攻め不義を罰しないものはない。無道を攻め不義を討てば、これほど大きな福はなく、人民の利もこれほど厚いものはない。これを禁じる者は、有道を止め有義を討つことになり、湯王・武王の事業を行き詰まらせ、桀・紂の過ちを繰り返させることになる。そもそも人が無道不義を憎むのはそれが罰せられるからであり、有道を求め有義を行うのはそれが賞せられるからだ。今、無道不義が存続しているのは、それを賞しているからであり、有道有義が行き詰まるのは、それを罰しているからだ。不善を賞して善を罰しながら民が治まるのを望むのは、難しいではないか。だから天下を乱し人民を害するのは、この誤った論(攻伐を禁じる説)こそが大きい。
解説
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『韓非子』難一第三十六今赫は僅かに驕侮せざるのみにして、襄子之を賞するは、是れ賞を失うなり。明主は賞を無功に加えず、罰を無罪に加えず。
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