呂氏春秋 / 音律③
黃鐘之月,土事無作,慎無發蓋,以固天閉地,〔發蓋藏〕,〔起大眾〕,陽氣且泄,〔是謂發天地之房〕。大呂之月,數將幾終,歲且更起,而〔專於〕農,民無有所使。太蔟之月,〔天氣下降〕,陽氣始生,〔天地和同〕,草木繁動,令農發土,無或失時。夾鐘之月,寬裕和平,行德去刑,無或作事,以害群生。姑洗之月,達道通路,溝瀆修利,申之此令,嘉氣趣至。仲呂之月,無聚大眾,巡勸農事,草木方長,無攜民心。蕤賓之月,陽氣在(土)〔上〕,安壯養(俠)〔佼〕,本朝不靜,草木早槁。林鐘之月,草木盛(滿)〔盈〕,陰將始刑,無發大事,以將陽氣。夷則之月,修法飭刑,選士厲兵,詰誅不義,以懷遠方。南呂之月,蟄蟲(入)〔咸俯在〕(宂)〔穴〕,〔皆墐其戶〕。趣農收聚,無敢懈怠,以多為務。無射之月,疾斷有罪,當法勿赦,無留獄訟,以亟(以)〔為〕故。應鐘之月,陰陽不通,閉而為冬,修(別)喪紀,〔辨衣裳〕,審民所終。
新字:黄鐘之月,土事無作,慎無発蓋,以固天閉地,〔発蓋蔵〕,〔起大衆〕,陽気且泄,〔是謂発天地之房〕。大呂之月,数将幾終,歳且更起,而〔専於〕農,民無有所使。太蔟之月,〔天気下降〕,陽気始生,〔天地和同〕,草木繁動,令農発土,無或失時。夾鐘之月,寛裕和平,行徳去刑,無或作事,以害群生。姑洗之月,達道通路,溝瀆修利,申之此令,嘉気趣至。仲呂之月,無聚大衆,巡勧農事,草木方長,無攜民心。蕤賓之月,陽気在(土)〔上〕,安壮養(侠)〔佼〕,本朝不静,草木早槁。林鐘之月,草木盛(満)〔盈〕,陰将始刑,無発大事,以将陽気。夷則之月,修法飭刑,選士厲兵,詰誅不義,以懐遠方。南呂之月,蟄虫(入)〔咸俯在〕(宂)〔穴〕,〔皆墐其戸〕。趣農収聚,無敢懈怠,以多為務。無射之月,疾断有罪,当法勿赦,無留獄訟,以亟(以)〔為〕故。応鐘之月,陰陽不通,閉而為冬,修(別)喪紀,〔弁衣裳〕,審民所終。
書き下し
黃鐘の月は、土事作すこと無く、慎みて蓋を發する無く、以て天を固め地を閉づ。陽氣且に泄れんとすればなり。大呂の月は、數將に終わりに幾からんとし、歲且に更め起こらんとす。而ち農民、使う所有る無かれ。太蔟の月は、陽氣始めて生じ、草木繁動す。農をして土を發せしめて、時を失うこと或る無かれ。夾鐘の月は、寬裕和平にして、德を行い刑を去り、事を作して、以て群生を害すること或る無かれ。姑洗の月は、道を達し路を通じ、溝瀆修利す。此の令を申ぶれば、嘉氣趣やかに至る。仲呂の月、大衆を聚むること無く、巡りて農事を勸む。草木方に長ず、民心を攜つこと無かれ。蕤賓の月、陽氣上に在り、壯を安んじ佼を養う。本朝靜かならざれば、草木早く槁る。林鐘の月、草木盛んに滿ち、陰將に刑を始めんとす。大事を發して、以て陽氣を將うこと無かれ。夷則の月、法を修め刑を飭し、士を選び兵を厲ぎ、不義を詰誅して、以て遠方を懷けよ。南呂の月、蟄蟲穴に入る。農を趣して收聚し、敢て懈怠すること無く、多きを以て務と為す。無射の月、疾く有罪を斷じ、法に當りて赦すこと勿れ。獄訟を留むること無く、以て亟やかなるを故と以てす。應鐘の月、陰陽通ぜず、閉じて冬と為る。喪紀を修別し、民の終る所を審らかにせよ。
現代語訳
黄鐘の月(仲冬)には、土木の仕事を起こさず、慎んで覆い蔵したものを開かず、天地を固く閉ざす。陽気が漏れ出ようとするからである。大呂の月(季冬)には、年の数がまもなく終わり、新たな年が始まろうとするので、農民には使役すべきことをさせない。太蔟の月(孟春)には陽気が生じ始め、草木が動き出すので、農民に土を起こさせ、時を逃さないようにする。夾鐘の月(仲春)には寛容和平にして、徳を行い刑を除き、事を起こして生き物を害さないようにする。姑洗の月(季春)には道路を通じ、溝や堀を修理する。この令を広めれば、良い気が速やかに至る。仲呂の月(孟夏)には大衆を集めず、巡って農事を勧め、草木が伸びるときに民心を離れさせない。蕤賓の月(仲夏)には陽気が上にあり、壮健な者を安んじ美しい者を養う。朝廷が静かでなければ、草木が早く枯れる。林鐘の月(季夏)には草木が盛んに茂り、陰の気がまもなく刑し始めようとするので、大事を起こして陽気を養い過ごさせてはならない。夷則の月(孟秋)には法を整え刑を正し、士を選び兵を研ぎ、不義を責め罰して遠方を懐かせる。南呂の月(仲秋)には冬眠する虫が穴に入る。農民を促して収穫を集め、怠ることなく、多く蓄えることを務めとする。無射の月(季秋)には速やかに罪を裁き、法に従って赦さず、訴訟を留めず、迅速を旨とする。応鐘の月(孟冬)には陰陽が通わず、閉じて冬となる。喪礼の定めを整え、民の終わるところを見定める。
解説
この章句が説くこと
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五行大義・第十五論律呂蕤賓は、安んじて服するなり、と。『三礼義宗』に云う、蕤は垂下の義なり。賓は敬なり。五月は陽気下降し、陰気始めて起こり、共に相賓敬す、と。林鐘とは、林は衆なり。万物成熟し、種類衆多なり。『淮南子』に云う、林鐘は、引きてこれを止むるなり、と。『三礼義宗』に云う、林は茂盛なり。六月の中、物皆盛茂し、野に聚積す、故に林と為すなり、と。夷則とは、夷は傷なり、則は法なり。万物始めて傷つき、刑法を被るを言うなり。『淮南子』に云う、夷則は、その則を易うるなり、と。『三礼義宗』に云う、夷は平なり、則は法なり。七月、万物将に成らんとし、平均に実を結び、皆法則有りて徳吉なり、と。南呂とは、南は任なり。陽気任有りて生じ孳長するを言うなり。『淮南子』に云う、南呂とは、任苞大なるなり、と。『三礼義宗』に云う、南は任なり。八月の中、物皆秀を含み、懐任の象有り、成功を助くるの義なり、と。無射とは、射は終なり。万物陽に随いて終わり、当に復た陰に随いて起こるべく、終已無きを言うなり。『淮南子』に云う、無射とは、人の厭(いと)う無きなり、と。『三礼義宗』に云う、射は厭なり、厭悪の義なり。九月は物皆実を成し、厭悪すべき無し、と。応鐘とは、万物時に応じて鐘(あつま)り下に蔵するを言うなり。『淮南子』に云う、その鐘まる所に応ず、と。『三礼義宗』に云う、十月の時、歳功皆成る。陰気の用、陽の功に応じ、収めて聚積す、故に鐘と云うなり、と。
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五行大義・第十五論律呂黄鐘の気は子に在り、十一月焉(ここ)に建つ。その辰は星紀に在り。下りて林鐘を生ず。林鐘の数は五十四、気は未に在り、六月焉に建つ。その辰は鶉火(じゅんか)。上りて大蔟を生ず。大蔟の数は七十二、気は寅に在り、正月焉に建つ。その辰は諏訾(しゅし)。下りて南呂を生ず。南呂の数は四十八、気は酉に在り、八月焉に建つ。その辰は寿星。上りて姑洗を生ず。姑洗の数は六十四、気は辰に在り、三月焉に建つ。その辰は大梁。下りて応鐘を生ず。応鐘の数は四十二、気は亥に在り、十月焉に建つ。その辰は析木(せきぼく)。上りて蕤賓を生ず。蕤賓の数は五十六、気は午に在り、五月焉に建つ。その辰は鶉首。上りて大呂を生ず。大呂の数は七十六、気は丑に在り、十二月焉に建つ。その辰は玄枵(げんきょう)。下りて夷則を生ず。夷則の数は五十一、気は申に在り、七月焉に建つ。その辰は鶉尾。上りて夾鐘を生ず。夾鐘の数は六十八、気は卯に在り、二月焉に建つ。その辰は降婁(こうろう)。下りて無射を生ず。無射の数は四十五、気は戌に在り、九月焉に建つ。その辰は大火。上りて中呂を生ず。中呂の数は六十、気は巳に在り、四月焉に建つ。その辰は実沈。辰と建とは、交錯して表裏を為す。即ちその合なり。然るに相生は乾坤の六体を以てこれを為す。黄鐘は初九、下りて林鐘を生ず。初六、又上りて大蔟を生ず。『楽緯』に云う、黄鐘は中宮、数は八十一。天一・地二・人三の数を以て、以て律を増減し、五音を成す。中和の気なり。増して上生を治め、減じて下生を治む。上生とは、三分して一を益す。下生とは、三分して一を減ず。益すとは、四を以てこれに乗じ、三を以てこれを除す。減ずとは、二を以てこれに乗じ、三を以てこれを除す、と。『三礼義宗』に云う、
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