呂氏春秋 / 適音③
夫音亦有適。太鉅則志蕩,以蕩聽鉅則耳不容,弗容則橫塞,橫塞則振動。太小則志嫌,以嫌聽小則耳不充,不充則不詹,不詹則窕。太清則志危,以危聽清則耳谿極,谿極則不鑒,不鑒則竭。太濁則志下,以下聽濁則耳不收,不收則不(特)〔摶〕,不(特)〔摶〕則怒。故太鉅、(太清、太小)〔太小、太清〕、太濁皆非適也。
新字:夫音亦有適。太鉅則志蕩,以蕩聴鉅則耳不容,弗容則横塞,横塞則振動。太小則志嫌,以嫌聴小則耳不充,不充則不詹,不詹則窕。太清則志危,以危聴清則耳谿極,谿極則不鑒,不鑒則竭。太濁則志下,以下聴濁則耳不収,不収則不(特)〔摶〕,不(特)〔摶〕則怒。故太鉅、(太清、太小)〔太小、太清〕、太濁皆非適也。
書き下し
夫れ音も亦た適有り。太だ鉅なれば則ち志蕩す。蕩するを以て鉅を聽けば則ち耳容れず、容れざれば則ち橫塞す。橫塞すれば則ち振く。太だ小なれば則ち志嫌す。嫌を以て小を聽けば則ち耳充たず。充たざれば則ち詹らず。詹らざれば則ち窕す。太だ清なれば則ち志危うし。危うきを以て清を聽けば則ち耳谿極す。谿極すれば則ち鑒せず、鑒せざれば則ち竭く。太だ濁なれば則ち志下る。下れるを以て濁を聽けば則ち耳收まらず。收まらざれば則ち摶ならず。摶ならざれば則ち怒る。故に太だ鉅なると、太だ小なると、太だ清なると、太だ濁なるとは、皆適に非ざるなり。
現代語訳
そもそも音にもほどよさがある。あまりに大きすぎる音は心を乱し、乱れた心で大きな音を聞けば耳が受けとめきれず、受けとめきれなければふさがり、ふさがれば揺れ動く。あまりに小さすぎる音は心を満たさず、満たされない心で小さな音を聞けば耳は充足せず、充足しなければ十分でなく、十分でなければ空虚になる。あまりに高く澄んだ音は心を危うくし、危うい心で高い音を聞けば耳は虚しく疲れ、疲れきれば聞き分けられず、聞き分けられなければ心はつきる。あまりに低く濁った音は心を沈ませ、沈んだ心で濁った音を聞けば耳はまとまらず、まとまらなければ専一にならず、専一にならなければ怒りが生じる。だから大きすぎ、小さすぎ、高すぎ、低すぎる音は、いずれもほどよさを欠いている。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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論語・先進篇子貢問う、「師と商とは孰れか賢れる。」子曰く、「師や過ぎたり、商や及ばず。」曰く、「然らば則ち師愈れるか。」子曰く、「過ぎたるは猶お及ばざるがごとし。」
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孟子・盡心章句上孟子曰く、「楊子は我が為にするを取る。一毛を抜きて天下を利するも、為さざるなり。墨子は兼愛す。頂を摩し踵に放るも、天下を利するは之を為す。子莫は中を執る。中を執るは之に近しと為すも、中を執りて權すること無ければ、猶ほ一を執るなり。一を執るに惡む所の者は、其の、道を賊うが為なり。一を舉げて百を廢すればなり。」
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孟子・公孫丑章句上孟子曰く、「伯夷は其の君に非ざれば事えず。其の友に非ざれば友とせず。惡人の朝に立たず。惡人と言(ものいう)わず。惡人の朝に立ち、惡人と言うは、朝衣朝冠を以て塗炭に坐するが如し。惡を惡むの心を推すに、ᰰ人と立ちて、其の冠正しからざれば、望望然として之を去り、將に浼(けがす)されんとするが若く思う。是の故に諸侯其の辭命を善くして至る者有りと雖も、受けざるなり。受けざる者は、是れも亦た就くを屑しとせざるのみ。柳下惠は汙君を羞ぢず、小官を卑しとせず。進んで賢を隱さず、必ず其の道を以てす。遺佚せられて怨みず、阨窮して憫えず。故に曰く、『爾は爾為り、我は我為り。我が側に袒裼裸裎すと雖も、爾焉くんぞ能く我を浼さんや。』故に由由然として之と偕にして自ら失わず。援(ひく)いて之を止むれば止まる。援いて之を止むれば止まる者は、是れ亦た去るを屑しとせざるのみ。」孟子曰く、「伯夷は隘なり。柳下惠は不恭なり。隘と不恭とは、君子由らざるなり。」
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