呂氏春秋 / 用眾⑤
戎人生乎戎、長乎戎而戎言,不知其所受之;楚人生乎楚、長乎楚而楚言,不知其所受之。今使楚人長乎戎,戎人長乎楚,則楚人戎言,戎人楚言矣。由是觀之,吾未知亡國之主不可以為賢主也,其所生長者不可耳。故所生長不可不察也。
新字:戎人生乎戎、長乎戎而戎言,不知其所受之;楚人生乎楚、長乎楚而楚言,不知其所受之。今使楚人長乎戎,戎人長乎楚,則楚人戎言,戎人楚言矣。由是観之,吾未知亡国之主不可以為賢主也,其所生長者不可耳。故所生長不可不察也。
書き下し
戎人は戎に生まれ、戎に長じて戎言し、其の之を受くる所を知らず。楚人は楚に生まれ、楚に長じて楚言し、其の之を受くる所を知らず。今、楚人をして戎に長ぜしめ、戎人をして楚に長ぜしめば、則ち楚人は戎言し、戎人は楚言す。是に由り之を觀れば、吾未だ亡國の主の以て賢主と為る可からざるを知らざるなり。其の生長する所の者可ならざるのみ。故に生長する所は察せざる可からざるなり。
現代語訳
戎の人は戎に生まれ戎で育って戎の言葉を話すが、それをどこから受け取ったのかを自分では意識しない。楚の人は楚に生まれ楚で育って楚の言葉を話すが、それをどこから受け取ったのかを意識しない。今、もし楚の人を戎で育て、戎の人を楚で育てれば、楚の人は戎の言葉を話し、戎の人は楚の言葉を話すようになる。これによって考えれば、私には、滅んだ国の君主が賢明な君主になれないとは思えない。ただ、その育った環境がよくなかっただけなのだ。ゆえに、どこで生まれ育つかという環境は、よく見きわめなければならない。
解説
この段は、人が話す言葉が生まれ育った環境によって決まることを例に、人の性質もまた環境に大きく左右されると説きます。戎の地で育てば戎の言葉を、楚の地で育てば楚の言葉を、当人も意識しないうちに身につける。もし育つ土地を入れ替えれば言葉も入れ替わる、というのが要点です。ここから、滅んだ国の君主も生来おろかなのではなく、育った環境が悪かっただけだと論じ、環境を見きわめる大切さを強調します。背景には、人は交わる周囲から知らず知らず影響を受けるという「用衆」の思想があります。現代でも、能力や資質は環境や周囲の影響で形づくられるという、教育環境の重要性を説く先駆的な指摘として読むことができます。
この章句が説くこと
用衆環境言語習得亡国の主教育環境感化
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