了凡四訓 / 積善之方・三年を終ふるまで一日の如し
莆田林氏,先世有老母好善。常作粉團施人,求取即與之,無倦色。一仙化為道人,每旦索食六七團。母日日與之,終三年如一日,乃知其誠也。因謂之曰:「吾食汝三年粉團,何以報汝?府後有一地,葬之,子孫官爵,有一升麻子之數。」其子依所點葬之,初世即有九人登第,累代簪纓甚盛。福建有無林不開榜之謠。
新字:莆田林氏,先世有老母好善。常作粉団施人,求取即与之,無倦色。一仙化為道人,毎旦索食六七団。母日日与之,終三年如一日,乃知其誠也。因謂之曰:「吾食汝三年粉団,何以報汝?府後有一地,葬之,子孫官爵,有一升麻子之数。」其子依所点葬之,初世即有九人登第,累代簪纓甚盛。福建有無林不開榜之謡。
書き下し
莆田の林氏、先世に老母の善を好む有り。常に粉團を作りて人に施し、求め取れば即ち之を與へ、倦む色無し。一仙化して道人と為り、每旦食を索むること六七團。母日日之を與へ、三年を終ふるまで一日の如し。乃ち其の誠を知るなり。因りて之に謂ひて曰く、「吾汝の三年の粉團を食ふ。何を以てか汝に報いん。府の後に一地有り、之に葬れば、子孫の官爵、一升の麻子の數有らん」と。其の子點ずる所に依りて之を葬る。初世即ち九人の第に登る有り、累代簪纓甚だ盛んなり。福建に「林無くんば榜を開かず」の謠有り。
現代語訳
莆田の林氏の先祖に、善行を好む老母がいました。いつも団子を作って人に施し、求める人があればすぐに与え、嫌な顔一つしませんでした。一人の仙人が道士に姿を変えて、毎朝六つ七つの団子を求めました。老母は毎日それを与え、三年間、一日のように変わりませんでした。仙人はそこで老母の誠が本物だと知り、こう言いました。「私は三年間あなたの団子を食べてきた。何でお返しをしようか。役所の裏に一つの土地がある。そこに葬れば、子孫の官位は一升の胡麻の粒ほどの数になるだろう」。息子は(母が亡くなると)指し示された所に葬りました。すると最初の代から九人が科挙に合格し、代々高官が大勢出ました。福建には「林の姓がなければ合格発表が始まらない」という歌が生まれたほどです。
解説

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『大和俗訓』巻之七・躬行下一程子曰、財ををしみては、よく善を行ふことなり難し。誠なくしては、善をなす事はなり難しと。此言むべなるかな。財を用ひずして、ただ言を以て人をかたらふとも、人を救ひがたし。人もまた悦ばずして其人のために忠を尽さざれば功をなすこと成りがたし。項羽を婦人の仁といひしも是なり。又凡の事、いつはりを以て善を行へば、中心より出でざる故、善を行ふに専一ならずして、其事成就せず。誠の善とすべからず。人も亦信とせず。感通の理なし。
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『都鄙問答』卷之二・鬼神ヲ遠ト云事ヲ問ノ段曰、貴人を軽ずるに似たり。何とて左様のことのいわるべきや。答、貴人に云れざる不義を以て、清浄の神明に祈を為、願ひの通に成下されなば、鳥居や社の脩覆致し奉らんと云時、鳥居や脩覆に迷ひ玉ふあさましき神有べきや。然るを非礼の物を推て捧げ、神明を穢奉り、終には神罰を受べし。恐るべきことなり。「心だにまことの道にかなひなばいのらずとても神やまもらん」との御神詠もあるぞかし。子路、孔子の病を祷ことを請。子曰、丘之祷久と。祷るとのたまふは、誠の道に合へることなり。誠に合はゞ、何ぞ祈ことあらんや。然るを我朝の神道に違ふとは如何なることぞ。凡て聖人の書は、箇様の迷ひを解べき為の書なり。書に依て迷はゞ、
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『弁名』誠又た仁斎先生の無妄と無偽とを以て其の優劣を争ふが如きも、亦た朱子の意は虚妄無きを謂ふのみなるを知らず。其の所謂春当に温かなるべくして反つて寒く、夏当に熱かるべくして反つて冷え、夏に霜ふり、冬に雷なり、桃李華さき、五星逆行し、日月度を失ふの類、豈に虚妄と為すべけんや。東坡の所謂「人は至らざる所無し、惟だ天のみ偽を容れず」とは、其の人の偽を容れざるを謂ふのみ。天の偽らざるを謂ふに非ざるなり。嗚呼、天豈に偽不偽を以て言ふべけんや。是れ其の今言に於いて猶ほ未だ之を知らず。況んや古言に於いてをや。
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『洗心洞箚記』卷下・第九十一條是の故に賢愚と無く、学に志せば、則ち断じて是を以て準的と為す。則ち康荘大道の上を行くの人にして、邪径曲路を踏む者に非ざるなり。而して其の成不成も亦命なるのみ。君子は命を云はず、只義を以て主と為す。則ち誠を以て準的と為す、義焉より大なるは莫し。陽明先生曰く、大学の要は、誠意のみと。此を以てなり。而して程朱居敬窮理の工も、要するに亦誠に帰するのみ。豈に他有らんや。而して其の学者静坐し、其の子陽辟して書を読み、其の勤惰を知らず、或いは冊子の上に放著して、心を治むるの工を知らず。是れ皆其の末学の弊なり。程朱の学にして安んぞ之有らんや。故に湯潜菴先生曰く、宋儒は主敬を言ふ。陽明は学者の一の敬の字を執著呆守するに過ぎて、反つて是れ不敬なるを恐る。故に人に教へて只良知を提醒せしむ。吾謂へらく、良知を昏まさざる者は、敬なり。敬の執著せざる所の者は、良知なりと。要するに誠に帰するを以て準的と為して問学すれば、則ち主敬と曰ふも亦可なり、致良知と曰ふも亦可なり。否ずんば則ち博学浩聞も、即ち門外の乞児なり。反観内省も、即ち葱嶺の髡徒なり。豈に道を学ぶと曰はんや。
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『近思録』巻1 道体濂渓曰く、「誠は無為なり、幾は善悪なり。徳の愛するを仁と曰ひ、宜しきを義と曰ひ、理(おさ)まるを礼と曰ひ、通ずるを智と曰ひ、守るを信と曰ふ。性のままにして安んずる、之を聖と謂ひ、復りて執る、之を賢と謂ふ。発すること微にして見るべからず、充ち周くして窮むべからざる、之を神と謂ふ。」伊川曰く、「喜怒哀楽の未だ発せざる、之を中と謂ふ。」中なる者は、「寂然として動かず」なる者を言ふなり。故に「天下の大本」と曰ふ。「発して皆節に中る、之を和と謂ふ」。和なる者は、「感じて遂に通ず」なる者を言ふなり。故に「天下の達道」と曰ふ。伊川曰く、心は一なり。体を指して言ふ者有り、用を指して言ふ者有り、惟だ其の見る所の何如を観るのみ。伊川曰く、乾は天なり。天なる者は乾の形体、乾なる者は天の性情なり。乾は健なり。健にして息む無き、之を乾と謂ふ。夫れ天は専ら之を言へば、則ち道なり。「天すら且つ違はず」是れなり。分けて之を言へば、則ち形体を以て之を天と謂ひ、主宰を以て之を帝と謂ひ、功用を以て之を鬼神と謂ひ、妙用を以て之を神と謂ひ、性情を以て之を乾と謂ふ。伊川曰く、四徳の元は、猶ほ五常の仁のごとし。偏言すれば則ち一事、専言すれば則ち四者を包む。天の賦する所を命と為し、物の受くる所を性と為す。鬼神なる者は造化の迹なり。剝の卦たる、諸陽消剝して已に尽き、独り上九の一爻のみ尚ほ存する有り。碩大の果の食はれずして、将に復た生ずるの理有らんとするが如し。上九も亦た変ずれば、則ち純陰なり。然れども陽に尽くべきの理無し。上に変ずれば則ち下に生じ、間の息を容るべき無きなり。聖人此の理を発明して、以て陽と君子の道の亡ぶべからざるを見す。或るひと曰く、「剝尽くれば則ち純坤と為る、豈に復た陽有らんや。」曰く、卦を以て月に配すれば、則ち坤は十月に当たる。気の消息を以て言へば、則ち陽剝して坤と為り、陽来たりて復と為る、陽未だ嘗て尽きざるなり。上に剝尽くれば、則ち下に復生す。故に十月之を陽月と謂ふは、其の陽無きを疑はんことを恐るるなり。陰も亦た然り。