了凡四訓 / 積善之方・軍兵を戒めて妄りに殺すこと無からしむ
昔正統間,鄧茂七倡亂於福建,士民從賊者甚眾;朝廷起鄞縣張都憲楷南征,以計擒賊。後委布政司謝都事,搜殺東路賊黨。謝求賊中黨附冊籍,凡不附賊者,密授以白布小旗,約兵至日,插旗門首,戒軍兵無妄殺,全活萬人。後謝之子遷,中狀元,為宰輔;孫丕,復中探花。
新字:昔正統間,鄧茂七倡乱於福建,士民従賊者甚衆;朝廷起鄞県張都憲楷南征,以計擒賊。後委布政司謝都事,捜殺東路賊党。謝求賊中党附冊籍,凡不附賊者,密授以白布小旗,約兵至日,挿旗門首,戒軍兵無妄殺,全活万人。後謝之子遷,中状元,為宰輔;孫丕,復中探花。
書き下し
昔、正統の間、鄧茂七亂を福建に倡へ、士民の賊に從ふ者甚だ眾し。朝廷、鄞縣の張都憲楷を起して南征せしめ、計を以て賊を擒にす。後に布政司の謝都事に委ねて、東路の賊黨を搜殺せしむ。謝、賊中の黨附の冊籍を求め、凡そ賊に附かざる者には、密かに授くるに白布の小旗を以てし、兵至るの日を約して、旗を門首に插さしめ、軍兵を戒めて妄りに殺すこと無からしめ、萬人を全活す。後に謝の子遷、狀元に中り、宰輔と為る。孫の丕、復た探花に中る。
現代語訳
昔、正統年間(明の英宗の時代)に、鄧茂七が福建で反乱を起こし、賊に従う士人や民がとても多くいました。朝廷は鄞県の張楷都御史を起用して南へ討伐に向かわせ、策略によって賊を捕らえました。その後、布政司の謝都事に命じて、東部の賊の一味を捜し出して討たせました。謝は賊に加担した者の名簿を手に入れ、賊に加わっていない者には、ひそかに白布の小旗を渡し、兵が来る日には旗を門口に挿しておくよう約束させました。そして兵士たちに、むやみに殺してはならないと戒め、一万人の命を守りました。のちに謝の子の遷は状元(科挙の首席)となって宰相の位に就き、孫の丕もまた探花(第三位)で合格しました。
解説

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