論語 / 述而篇
子曰:加我數年,五十以學易,可以無大過矣。
新字:子曰:加我数年,五十以学易,可以無大過矣。
書き下し
子曰わく、我に数年を加うれば、五十にして易を学ばん。以て大過無かるべし。
現代語訳
孔子は易経を学べば過ちが減ると述べ、学びに終わりがないことを示した。
解説
孔子は「もう数年、私に時間を与えてくれるなら、五十になってから易(易経)を学び、それによって大きな過ちを免れられるだろう」と語ります。晩年になってもなお、まだ学び足りないものがあると認め、新しい学びに向かおうとする姿勢が印象的です。人はある程度の年齢や経験を積むと、「もう十分わかっている」と思い込みがちですが、孔子はむしろ歳を重ねてから学ぶことの大切さを説いています。これは会社勤めの人だけでなく、子育てが一段落した主婦の方や、定年を迎えた方にも当てはまります。新しい趣味を始めたり、これまで縁のなかった本を読んだりすることで、思い込みに気づき、大きな過ちを避けられるようになります。学びをやめないことが、年齢を重ねてからの過ちを防ぐ一番の備えなのです。
この章句が説くこと
学び謙虚さ変化対応意思決定リスク管理
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