韓非子 / 飾邪第十九
寡人無與復戰矣。」罷師而去之,斬子反以爲大戮。故曰:竪穀陽之進酒也,非以端惡子反也,實心以忠愛之,而適足以殺之而已矣。此行小忠而賊大忠者也。
新字:寡人無与復戦矣。」罷師而去之,斬子反以為大戮。故曰:竪穀陽之進酒也,非以端悪子反也,実心以忠愛之,而適足以殺之而已矣。此行小忠而賊大忠者也。
書き下し
豎穀陽の酒を進むるや、實心以て之を忠愛し、而も適に以て之を殺すに足るのみ。此れ小忠を行いて大忠を賊える者なり。
現代語訳
召使いの穀陽が酒を進めたのは、本心から(司令官の)子反を思いやっての(忠愛)行動だったが、結果として彼を死に追いやる(殺す)ことになった。これが「小さな忠義(小忠)」が「大きな忠義(大忠)」を害するということだ。
解説
召使いの穀陽は、戦を前に疲れ切った司令官の子反を気の毒に思い、良かれと思って酒を勧めました(實心以て之を忠愛し)。ところがその酒のせいで子反は使い物にならなくなり、最後には死に追いやられてしまいます。目の前の一人への思いやり(小忠)が、国全体や主君への本当の忠義(大忠)を台無しにしてしまったのです。これは家庭でも起こります。子どもがかわいそうだからと宿題を代わりにやってあげる、部下がかわいそうだからと決まりを曲げて大目に見る。その場の優しさが、長い目で見ればその人のためにならず、周りにも迷惑をかけることがあります。目先の情けと、本当の思いやりは、時に正反対を向くのです。
この章句が説くこと
コンプライアンス良かれと思ってルール遵守大局観温情主義
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