論語 / 雍也篇
子曰:知者樂水,仁者樂山。知者動,仁者靜。知者樂,仁者壽。
新字:子曰:知者楽水,仁者楽山。知者動,仁者静。知者楽,仁者寿。
書き下し
子曰わく、知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ。知者は動き、仁者は静かなり。知者は楽しみ、仁者は寿(なが)し。
現代語訳
タイプの異なる気質を水と山で喩え、動と静のバランスを説く。
解説
知恵のある人は水を好み、情け深い人は山を好む。知恵のある人はよく動き、情け深い人は静かに落ち着いている。知恵のある人は物事を楽しみ、情け深い人は長く穏やかに生きる、と孔子は人の気質の違いを水と山にたとえています。ここで大事なのは、どちらが優れているかではなく、性質の異なる二つのあり方がどちらも尊いということです。新しいことに次々挑み、変化を楽しむ活発な人もいれば、じっくり腰を据えて、周りを穏やかに支える人もいます。家庭で言えば、外に出て積極的に人と関わるのが得意な人と、家の中を落ち着いた雰囲気に保つのが得意な人がいるようなものです。どちらか一方のやり方を全員に求めるのではなく、動く人には動く人の良さを、静かな人には静かな人の良さを認め、両方を組み合わせることで、変化にも強く、かつ安定した暮らしや集まりが育っていきます。
この章句が説くこと
ダイバーシティ適材適所バランス協働変化対応
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