論語 / 憲問篇
季路問事君。子曰:『勿欺也、而犯之。』
書き下し
季路、事君を問う。子曰く、『欺くこと無くして、これに犯せ。』
現代語訳
子路が君主に仕えることについて尋ねた。孔子は『欺くことなく、相手が間違っているときは顔を冒してでも直言しなさい』と言われた。
解説
子路が「主君にどのように仕えるべきか」と尋ねると、孔子は「欺いてはいけない。そのうえで、たとえ機嫌を損ねても間違いには真正面から言うべきだ」と答えました。上の人の顔色ばかりうかがい、耳当たりの良いことだけを言っていれば、その場は丸く収まります。しかし間違いを見て見ぬふりをし続ければ、いずれ大きな失敗につながり、結局は信用を失います。会社の上司に対してだけでなく、親や配偶者、年上の親戚に対しても、言いにくいことを飲み込んでしまいがちです。相手を欺かず、間違いには正直に意見を言う関係の方が、その場しのぎの心地よさより、長く続く信頼を生むのです。
この章句が説くこと
イエスマン誠実さ直言信頼リーダーシップ
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