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驢鞍橋 / 卷下

一日、去る人來て曰く、我屋しきを隣より少し取りけれども、我沙汰せす。某隨分の善人なりと云ふ。師聞て曰く其方善人に非ず、左樣の者と居合ふこと業人也。我は此の年迄、左樣の者と居合ふたること無し。因に語て曰く、屋敷論抔は取りたる者より取られたる者罪深しと云ふその故は、口惜く思ひ、胸に地獄をわかすこと、永き苦と成る也。彼の取りたる者は、どこぞで又夫の因果ほと取らるゝ迄也。

新字:一日、去る人来て曰く、我屋しきを隣より少し取りけれども、我沙汰せす。某随分の善人なりと云ふ。師聞て曰く其方善人に非ず、左様の者と居合ふこと業人也。我は此の年迄、左様の者と居合ふたること無し。因に語て曰く、屋敷論抔は取りたる者より取られたる者罪深しと云ふその故は、口惜く思ひ、胸に地獄をわかすこと、永き苦と成る也。彼の取りたる者は、どこぞで又夫の因果ほと取らるゝ迄也。

書き下し

一日、去る人来て曰く、我屋しきを隣より少し取りけれども、我沙汰せす。某随分の善人なりと云ふ。師聞て曰く其方善人に非ず、左様の者と居合ふこと業人也。我は此の年迄、左様の者と居合ふたること無し。因に語て曰く、屋敷論抔は取りたる者より取られたる者罪深しと云ふその故は、口惜く思ひ、胸に地獄をわかすこと、永き苦と成る也。彼の取りたる者は、どこぞで又夫の因果ほと取らるゝ迄也。

現代語訳

ある日、ある人が来て言った。隣が私の屋敷を少し取ったけれども、私は訴えませんでした。私はずいぶんな善人です、と言う。師は聞いて言われた。あなたは善人ではない。そのような者と隣り合わせになるのは業人である。私はこの年まで、そのような者と隣り合わせたことはない。ついでに語って言われた。屋敷争いなどは、取った者より取られた者のほうが罪が深い、と言う。そのわけは、口惜しく思い、胸に地獄をわかすことが、長い苦となるからである。あの取った者は、どこかでまた、その因果の分だけ取られるまでのことだ、と。

解説

隣人に屋敷を少し取られたが訴えなかった、自分は善人だ、と誇る人に、正三は、そんな者と隣り合わせになるのは業のせいだ、と言い、さらに、土地争いは取られたほうが罪深い、と意外なことを言う。悔しさを抱えて胸に地獄を燃やし続けることが、長い苦しみになるからだ、と。取った者は因果の報いを受けるだけだ。損をしたこと以上に、恨みを抱え続けることが自分を苦しめる、という心の問題への鋭い指摘である。

この章句が説くこと

恨み我慢因果土地争い悔しさ善人ぶり

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