師導古典を学びたいすべての人に

驢鞍橋 / 卷上

師一日語て曰く、此前曹洞宗の僧、江湖頭の立願に、越後國五地の如來に籠り居ける折節、奧方の坐頭、官の爲めに上洛するとて、此堂に一宿す。時に彼の僧彼か官錢を盜み、忽ち盲目と成り、一生愁ひ悔ひて死す。坐頭は忽ち目明けり。其坐頭の琵琶、如來堂に今にあり。我若き時其僧を見たると、三州にて去る僧慥に語られたり。實に然るへき事也。世の人さへ不能事を祈るは非議也。況んや出家抔の名聞利養を祈る程の大罪有らんや。各々も泣長老に成らんより、獨庵坊主に成り、心安く過ぎらるへしと也。

新字:師一日語て曰く、此前曹洞宗の僧、江湖頭の立願に、越後国五地の如来に籠り居ける折節、奥方の坐頭、官の為めに上洛するとて、此堂に一宿す。時に彼の僧彼か官銭を盗み、忽ち盲目と成り、一生愁ひ悔ひて死す。坐頭は忽ち目明けり。其坐頭の琵琶、如来堂に今にあり。我若き時其僧を見たると、三州にて去る僧慥に語られたり。実に然るへき事也。世の人さへ不能事を祈るは非議也。況んや出家抔の名聞利養を祈る程の大罪有らんや。各々も泣長老に成らんより、独庵坊主に成り、心安く過ぎらるへしと也。

書き下し

師一日語て曰く、此前曹洞宗の僧、江湖頭の立願に、越後国五地の如来に籠り居ける折節、奥方の坐頭、官の為めに上洛するとて、此堂に一宿す。時に彼の僧彼か官銭を盗み、忽ち盲目と成り、一生愁ひ悔ひて死す。坐頭は忽ち目明けり。其坐頭の琵琶、如来堂に今にあり。我若き時其僧を見たると、三州にて去る僧慥に語られたり。実に然るへき事也。世の人さへ不能事を祈るは非議也。況んや出家抔の名聞利養を祈る程の大罪有らんや。各々も泣長老に成らんより、独庵坊主に成り、心安く過ぎらるへしと也。

現代語訳

師がある日語って言われた。以前、曹洞宗の僧が、修行の頭役に就きたいという願掛けに、越後国の五智の如来に籠っていた折、奥州の座頭が官位を得るために上京するといって、この堂に一泊した。そのとき、その僧は座頭の官位のための銭を盗んだ。すると僧はたちまち盲目となり、一生嘆き悔いて死んだ。座頭はたちまち目が見えるようになった。その座頭の琵琶が、如来堂に今もある。私が若いときにその僧を見た、と三河である僧が確かに語られた。まことにそうあるべきことである。世の人でさえ、できないことを祈るのは道理に合わない。まして出家などが名聞利養を祈るほどの大罪があろうか。皆さんも、泣きながら長老になるより、独り庵の坊主になって、心安らかに過ごされるがよい、と。

解説

出世のために願掛けをしていた僧が、盲目の座頭の金を盗み、自らが盲目となったという因果の説話である。正三は、出家が名誉や利益を祈ることこそ大罪だと言い、苦しんで長老の地位に就くより、独りの庵で心安く過ごせと勧める。出世への執着が、人を罪へ追い込む姿が描かれている。昇進のために無理を重ね、倫理を踏み外す例は今日にもある。地位より心の安らぎを選ぶ生き方も、立派な選択肢だと教えている。

この章句が説くこと

名聞利養出世因果説話足るを知る独庵

関連する章句

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ
いま登録すると、7日間すべての機能を無料でお試しいただけます。 無料ではじめる