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忍経 / 謝罪敦睦・官に當りて事を處するは人情に合ふを務む

孫伏伽拜御史時,先被內旨而制未出,歸臥家,無喜色。頃之,御史造門,子弟驚白,伏伽徐起見之。時人稱其有量,以比顧雍。 白居易曰:「惡言不出於口,憤言不反於出。」 呂氏《童蒙訓》云:「當官處事,務合人情。'''忠恕'''違道不遠,未有捨此二字而能有濟者。前輩當官處事,常思有恩以及人,而以方便為上。如差科之行,既不得免,即就其間求,所以便民。省力者,不使騷擾重為民害,其益多矣。」

新字:孫伏伽拝御史時,先被内旨而制未出,帰臥家,無喜色。頃之,御史造門,子弟驚白,伏伽徐起見之。時人称其有量,以比顧雍。 白居易曰:「悪言不出於口,憤言不反於出。」 呂氏《童蒙訓》云:「当官処事,務合人情。'''忠恕'''違道不遠,未有捨此二字而能有済者。前輩当官処事,常思有恩以及人,而以方便為上。如差科之行,既不得免,即就其間求,所以便民。省力者,不使騷擾重為民害,其益多矣。」

書き下し

孫伏伽の御史に拜せらるる時、先に內旨を被りて制未だ出でず。歸りて家に臥し、喜色無し。頃之して、御史門に造る。子弟驚きて白す。伏伽徐ろに起ちて之を見る。時人其の量有るを稱し、以て顧雍に比す。 白居易曰く「惡言は口より出ださず、憤言は出に反さず」と。 呂氏『童蒙訓』に云ふ「官に當りて事を處するは、務めて人情に合はしむ。忠恕は道を違ること遠からず、未だ此の二字を捨てて能く濟す有る者有らず。前輩の官に當りて事を處するは、常に恩の以て人に及ぶ有らんことを思ひ、而して方便を以て上と為す。差科の行はるるが如き、既に免るるを得ずんば、即ち其の間に就きて、民を便し力を省く所以の者を求め、騷擾して重ねて民の害と為さしめざれば、其の益多し」と。

現代語訳

孫伏伽(唐初の人)が御史に任じられたとき、先に内々の知らせを受けていましたが、正式な辞令はまだ出ていませんでした。彼は家に帰って横になり、喜ぶ様子もありませんでした。しばらくして御史台の者が門を訪れ、子弟たちは驚いて知らせましたが、伏伽はゆっくりと起き上がって会いました。当時の人々はその度量を称え、顧雍(三国呉の宰相)になぞらえました。 白居易(唐の詩人)は言いました。「悪い言葉は口から出さず、怒りの言葉は(向けられても)言い返さない」。 呂氏の『童蒙訓』には次のようにあります。「官職にあって事を処理するときは、人情にかなうよう努めることだ。忠と恕は道から遠く離れてはいない。この二字を捨てて、うまく事を成し遂げた者はいない。先輩たちは官にあって事を処理するとき、いつも恩恵が人に及ぶことを思い、便宜を図ることを第一とした。たとえば割り当ての賦役を行うとき、どうしても免除できないのであれば、その中で民の便宜となり労力を省ける方法を探し、騒ぎ立てて民の害を重ねないようにすれば、その益は大きい」。

解説

度量と人情を説いた三つの言葉を集めた一章です。孫伏伽は昇進の内示を受けても浮かれず、使者が来てもゆっくり起きて応対しました。喜びに動じない落ち着きも、忍の一つの形として数えられています。白居易の言葉は、悪い言葉を出さず、怒りの言葉を返さないという口の慎みです。『童蒙訓』は、役人が仕事をするときの心得として忠恕、つまり誠実さと思いやりを挙げ、避けられない負担を課すときでも、少しでも相手の手間を減らす工夫をせよと説きます。決まりを守ることと、相手の事情を汲むことは両立します。窓口や管理の仕事に就く人に、今も響く心得です。

この章句が説くこと

忠恕度量人情童蒙訓

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