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忍経 / 忤逆不怒

先生每與司馬君實說話,不曾放過,如范堯夫,十件只爭得三四件便已。先生曰:「君實只為能受,盡人忤逆終無怒,便是好處。」

新字:先生毎与司馬君実説話,不曽放過,如范堯夫,十件只争得三四件便已。先生曰:「君実只為能受,尽人忤逆終無怒,便是好処。」

書き下し

先生每に司馬君實と說話するに、曾て放過せず。范堯夫の如きは、十件只だ三四件を爭ひ得て便ち已む。先生曰く「君實は只だ能く受くるが為に、人の忤逆を盡すも終に怒ること無し。便ち是れ好き處なり」と。

現代語訳

先生(北宋の程子)は司馬君実(司馬光)と話をするたびに、決して聞き流すことはありませんでした。范堯夫(范純仁)などは、十の件のうち三つ四つを言い争うだけでやめてしまいました。先生は言いました。「君実はよく受け止めることができるので、人がとことん逆らっても、最後まで怒ることがない。そこがよいところだ」。

解説

反論を受け止める器を、司馬光の人柄として語ったものです。程子は司馬光と話すとき、一つも聞き流さずに異論をぶつけました。それができたのは、司馬光がどれほど逆らわれても怒らない人だったからだ、というのが程子の評です。范純仁のように途中で矛を収める相手とは、そこまで議論が深まりません。ここでの忍は黙って耐えることではなく、反対意見を怒らずに最後まで聞ける度量のことです。上に立つ人が怒らないと分かっていてはじめて、周りは本音の異論を出せます。会議で率直な反論が出ないとしたら、自分の受け止め方を見直す合図かもしれません。

この章句が説くこと

度量議論異論司馬光

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