忍経 / 尿寒灰
韓安國為梁內史,坐法在獄中,被獄吏田甲辱之。安國曰:「寒灰亦有燃否?」田甲曰:「寒灰倘然,我即尿其上。」於後,安國得釋放,任梁州刺史,田甲驚走。安國曰:「若走,九族誅之;若不走,赦其罪。」田甲遂見安國,安國曰:「寒灰今日燃,汝何不尿其上?」田甲惶懼,安國赦其罪,又與田甲亭尉之官。
新字:韓安国為梁内史,坐法在獄中,被獄吏田甲辱之。安国曰:「寒灰亦有燃否?」田甲曰:「寒灰倘然,我即尿其上。」於後,安国得釈放,任梁州刺史,田甲驚走。安国曰:「若走,九族誅之;若不走,赦其罪。」田甲遂見安国,安国曰:「寒灰今日燃,汝何不尿其上?」田甲惶懼,安国赦其罪,又与田甲亭尉之官。
書き下し
韓安國、梁の內史と爲り、法に坐して獄中に在り、獄吏田甲に之を辱めらる。安國曰く、「寒灰も亦た燃ゆること有りや否や」と。田甲曰く、「寒灰倘し然えば、我即ち其の上に尿せん」と。後に於いて、安國釋放せらるるを得、梁州刺史に任ぜられ、田甲驚きて走る。安國曰く、「若し走らば、九族之を誅せん。若し走らずんば、其の罪を赦さん」と。田甲遂に安國に見ゆ。安國曰く、「寒灰今日燃ゆ、汝何ぞ其の上に尿せざる」と。田甲惶懼す。安國其の罪を赦し、又た田甲に亭尉の官を與ふ。
現代語訳
韓安国は梁の内史(行政長官)であったとき、法に触れて獄中にあり、獄吏の田甲に辱められました。安国が「冷えた灰だって、また燃えることがあるのではないか」と言うと、田甲は「冷えた灰がもし燃えたら、俺はすぐその上に小便をかけてやる」と答えました。その後、安国は釈放されて梁州刺史に任じられ、田甲は驚いて逃げ出しました。安国は「もし逃げるなら一族をことごとく誅する。逃げなければ罪を許す」と言いました。田甲はそこで安国に会いに来ました。安国は「冷えた灰が今日燃えたぞ。なぜその上に小便をかけないのか」と言いました。田甲は恐れおののきましたが、安国はその罪を許し、さらに田甲に亭尉(宿場の警備役)の官を与えました。
解説
前漢の韓安国の逸話で、『史記』韓長孺列伝に見える話がもとになっています。「死灰復た燃ゆ」という成語はこの話から生まれました。落ちぶれた者をあざけった獄吏が、立場の逆転した相手の前に引き出され、安国は一言皮肉を言っただけで罪を許し、職まで与えました。報復できる力を手にしたときにそれを使わないことが、この話の忍です。権限を得たとき、かつて自分を軽んじた人への態度にこそ、人の器が表れます。立場が上になった今、昔の恨みを晴らしたくなる相手がいないか、振り返ってみる価値があります。
この章句が説くこと
忍報復寛容韓安国度量
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