宋名臣言行録 / 後集巻十二・劉安世
劉安世從溫公學與公休同業凡一四日一往以所習所疑質焉公欣然吿之無倦意凡五年得一語曰誠安世問其目公喜曰此問甚善當自不妄語入余初甚易之及退而自隠括日之所行與凡所言自相掣肘矛盾者多矣力行七年而後成自此言行一致表裏相應遇事坦然常有餘裕
新字:劉安世従温公学与公休同業凡一四日一往以所習所疑質焉公欣然吿之無倦意凡五年得一語曰誠安世問其目公喜曰此問甚善当自不妄語入余初甚易之及退而自隠括日之所行与凡所言自相掣肘矛盾者多矣力行七年而後成自此言行一致表裏相応遇事坦然常有余裕
書き下し
劉安世温公に從いて學ぶ。公休と業を同じくす。凡そ一四日に一たび往き、習う所疑う所を以て焉に質す。公欣然として之を吿げ、倦む意無し。凡そ五年にして一語を得たり。曰く、誠、と。安世其の目を問う。公喜びて曰く、此の問い甚だ善し。當に妄語せざるより入るべし、と。余初め甚だ之を易しとす。退きて自ら隠括するに及び、日の行う所と凡そ言う所と、自ら相い掣肘し矛盾する者多し。力行すること七年にして後に成る。此れより言行一致し、表裏相い應じ、事に遇いて坦然、常に餘裕有り。
現代語訳
劉安世は司馬光について学んだ。子の司馬康と学業を同じくした。おおよそ四日に一度出向いて、学んだところと疑わしいところを質した。司馬光は喜んで教え、飽きる様子がなかった。おおよそ五年かけて、一つの語を得た。「誠」である。劉安世はその具体的な項目を尋ねた。司馬光は喜んで言った。「その問いは実によい。でたらめを言わないことから入るべきだ」。私(安世)は初め、それを実にたやすいことだと思った。ところが下がって自分を点検してみると、日々行っていることと、口にしていることとが、互いに足を引っ張り合い、食い違っているものが多かった。努めて行うこと七年、その後にようやくできあがった。これ以来、言うことと行うことが一致し、外と内とが応じ合い、事にあたっても平然として、常に余裕があった。
解説
前の条の続きを、本人の側から書いた記録です。五年通って得た答えが一字でした。**おおよそ五年かけて、一つの語を得た。「誠」である。**そして最初の感想が正直に残っています。**私は初め、それを実にたやすいことだと思った。**嘘をつかないくらい誰でもできる、と。ところが実際に自分を点検すると崩れました。**日々行っていることと、口にしていることとが、互いに足を引っ張り合い、食い違っているものが多かった。**そこから七年かかっています。
この章句が説くこと
凡そ一四日に一たび往き習う所疑う所を以て焉に質す凡そ五年にして一語を得たり曰く誠当に妄語せざるより入るべし日の行う所と凡そ言う所と自ら相い掣肘し矛盾する者多し誠言行
関連する章句
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呂氏春秋・士容②齊に善く狗を相する者有り。其の鄰假いて以て鼠を取るの狗を買わんとす。期年にして乃ち之を得て、曰く、「是れ良狗なり。」其の鄰、之を畜うこと數年なれども、鼠を取らず。以て相する者に告ぐ。相する者曰く、「此れ良狗なり。其の志は獐麋豕鹿に在り、鼠に在らず。其の鼠を取らんことを欲せば、則ち之に桎せよ。」其の鄰、其の後ろ足に桎すれば、狗乃ち鼠を取る。夫れ驥驁の氣、鴻鵠の志、人心に諭らるる者有るは誠なればなり。人も亦た然り。誠之れ有れば則ち神、人に應ず。言豈に以て之を諭すに足らんや。此を不言の言と謂うなり。
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言志四録・南洲手抄意の誠否は、須らく夢寐中の事に於て之を験すべし。
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荀子・不苟篇君子の心を養うは誠より善きは莫し。誠を致さば則ち它事無し。唯だ仁のみ之れ守と為し、唯だ義のみ之れ行と為す。心を誠にして仁を守れば則ち形れ、形るれば則ち神なり、神なれば則ち能く化す。心を誠にして義を行なえば則ち理あり、理あれば則ち明らかなり、明らかなれば則ち能く変ず。変化代わる代わる興る、之を天徳と謂う。天は言わずして人は高きを推し、地は言わずして人は厚きを推し、四時は言わずして百姓は期す。夫れ此れ常有るは、其の誠を至せる者を以てなり。君子の至徳は、嘿然として喩り、未だ施さずして親しみ、怒らずして威あり。夫れ此れ命に順うは、其の独りを慎む者を以てなり。善の道を為すや、誠ならざれば則ち独ならず、独ならざれば則ち形れず、形れざれば則ち心に作り、色に見れ、言に出づと雖も、民は猶お未だ従わざるが若し。従うと雖も必ず疑う。天地は大と為すも、誠ならざれば則ち万物を化する能わず。聖人は知と為すも、誠ならざれば則ち万民を化する能わず。父子は親と為すも、誠ならざれば則ち疏し。君上は尊と為すも、誠ならざれば則ち卑し。夫れ誠なる者は、君子の守る所にして、政事の本なり。唯だ居る所にして其の類を以て至る。之を操れば則ち之を得、之を舎つれば則ち之を失う。操りて之を得れば則ち軽し、軽ければ則ち独行す。独行して舎てざれば、則ち済る。済りて材尽き、長く遷りて其の初めに反らざれば、則ち化す。
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論語・八佾篇祭ること在るが如く。神を祭ること神在るが如し。子曰く、『吾、祭に与らざれば、祭らざるが如し。』
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易経・繋辞上子曰く、「君子其の室に居りて、其の言を出だすに、善なれば則ち千里の外も之に応ず。況んや其の邇(ちか)き者をや。其の室に居りて、其の言を出だすに善ならざれば、則ち千里の外も之に違(たが)う。況んや其の邇き者をや。言は身より出でて、民に加わり、行いは邇きより発して、遠きに見(あら)わる。言行は君子の枢機(すうき)なり。枢機の発するは、栄辱の主なり。言行は、君子の天地を動かす所以なり。慎まざるべけんや」と。
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