宋名臣言行録 / 後集巻六・王安石
元豐末創為戸馬之説神宗俯首歎曰朕于是愧於文彦博矣王珪請宣徳音復曰彦博頃年爭國馬不勝嘗曰陛下十年必思臣言珪因奏曰罷去祖宗馬監是安石堅請行之者本非陛下意也上歎曰安石誤朕豈獨此一事
新字:元豊末創為戸馬之説神宗俯首嘆曰朕于是愧於文彦博矣王珪請宣徳音復曰彦博頃年争国馬不勝嘗曰陛下十年必思臣言珪因奏曰罷去祖宗馬監是安石堅請行之者本非陛下意也上嘆曰安石誤朕豈独此一事
書き下し
元豐の末、戸馬の説を創る。神宗首を俯して歎じて曰く、朕是に於いて文彦博に愧ずと。王珪德音を宣せんことを請う。復た曰く、彦博頃年國馬を爭いて勝たず。嘗て曰く、陛下は十年にして必ず臣の言を思わんと。珪因りて奏して曰く、祖宗の馬監を罷め去るは、是れ安石堅く請いて之を行う者なり。本と陛下の意に非ざるなりと。上歎じて曰く、安石の朕を誤ること、豈に獨り此の一事のみならんやと。
現代語訳
元豊の末、戸馬の説を立てた。神宗は頭を垂れて嘆じて言った。「朕はこの件で文彦博に恥じている」。王珪はそのお言葉を公表するよう願った。天子はまた言った。「彦博は先年、国の馬のことを争って通らなかった。そのときこう言った。『陛下は十年たてば必ず臣の言葉を思い出されましょう』」。王珪はそこで奏して言った。「祖宗以来の馬監を廃止したのは、安石が強く願って行ったものです。もともと陛下のお考えではありません」。天子は嘆じて言った。「安石が朕を誤らせたのは、どうしてこの一件だけであろうか」。
解説
十年前の一言が、そのまま当たった記録です。しかも予告の仕方が独特でした。**陛下は十年たてば必ず臣の言葉を思い出されましょう。**いま通らなくてよい、ただ覚えておいてほしい、という言い方です。実際に、天子のほうから名前が出ました。**朕はこの件で文彦博に恥じている。**そして責任が一人に集まっていきます。**安石が朕を誤らせたのは、どうしてこの一件だけであろうか。**
この章句が説くこと
神宗首を俯して嘆じて曰く朕是に於いて文彦博に愧ず彦博頃年国馬を争いて勝たず陛下は十年にして必ず臣の言を思わん安石の朕を誤ること豈に独り此の一事のみならんや予告後悔
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