宋名臣言行録 / 後集巻四・胡宿
入内都知楊懐敏坐衛士夜盜入禁中驚乗輿斥出為和州都監懐敏用事久勢動中外未㡬召復故職公知制誥封還詞頭不草制論曰衛士之變蹤迹連懐敏得不窮治誅死幸矣豈宜復在左右其命遂止
新字:入内都知楊懐敏坐衛士夜盗入禁中驚乗輿斥出為和州都監懐敏用事久勢動中外未㡬召復故職公知制誥封還詞頭不草制論曰衛士之変蹤迹連懐敏得不窮治誅死幸矣豈宜復在左右其命遂止
書き下し
入内都知楊懐敏、衛士の夜に禁中に盜み入りて乘輿を驚かすに坐して、斥け出だされて和州都監と爲る。懐敏事を用うること久しく、勢い中外を動かす。未だ幾ならずして召されて故職に復す。公知制誥として詞頭を封じ還し、制を草せずして論じて曰く、衛士の變は蹤跡懐敏に連なる。窮治を得ずして誅死せざるは幸いなり。豈に宜しく復た左右に在るべけんやと。其の命遂に止む。
現代語訳
入内都知の楊懐敏は、衛士が夜に禁中に盗み入って御輿を驚かせた事件に連座して、退けられて和州都監となった。懐敏は長く実権を握っており、その勢いは内外を動かしていた。ほどなく召されて元の職に復した。胡宿は知制誥として詔書の草案の指示書きを突き返し、詔を起草せずに論じて言った。「衛士の変は、その筋道が懐敏につながっている。徹底した取り調べを受けずに死罪を免れただけでも幸いである。どうしてふたたび天子のお側に在ってよいものか」。その任命はついに取りやめになった。
解説
処分を受けた人が、ほどなく元の職に戻される。よくある形です。止め方が、議論ではありませんでした。**知制誥として詔書の草案の指示書きを突き返し、詔を起草せずに論じた。**書かなければ、任命は成立しない。富弼が同じ手を使ったのが先例になっていました。理屈も短い。**徹底した取り調べを受けずに死罪を免れただけでも幸いである。どうしてふたたび天子のお側に在ってよいものか。**罰が軽く済んだことを、復帰の根拠にしてはならない、という筋です。
この章句が説くこと
衛士の夜に禁中に盗み入りて乗輿を驚かすに坐して斥け出だされて和州都監と為る未だ幾ならずして召されて故職に復す公知制誥として詞頭を封じ還し制を草せず窮治を得ずして誅死せざるは幸いなり豈に宜しく復た左右に在るべけんや責任復職
関連する章句
-
葉隠・聞書第一役儀(やくぎ)を危(あぶ)なきと思うは、すくたれ者なり。外(ほか)の事、私(わたくし)の事にて仕損(しそん)ずるとこそ辱(はじ)にてもあるべし。その事に備(そな)わりたる身なれば、その事にて仕損ずるは定まりたることなり。不調法(ぶちょうほう)にて何と相勤(あいつと)むべきやとの心遣(こころづか)いは、あるべき事なり。
-
論語・衛霊公篇子曰わく、君子はこれを己に求め、小人はこれを人に求む。
-
論語・季氏篇孔子曰く、禄の公室を去ること、五世なり。政の大夫に逮ぶこと、四世なり。故に夫の三桓の子孫、微なり。
-
論語・憲問篇子曰く、「我を知ること莫きかな。」子貢曰く、「何為れぞ其れ子を知ること莫からんや。」子曰く、「天を怨みず、人を尤めず、下学して上達す。我を知る者は、其れ天か。」
-
論語・里仁篇子曰わく、父母在すれば、遠く遊ばず。遊ぶに必ず方有り。
-
尚書・湯誥其れ爾(なんじ)ら万方(ばんぽう)に罪あらば、予(われ)一人に在り。予一人に罪あらば、爾ら万方を以(もっ)てすること無かれ。