宋名臣言行録 / 後集巻二・歐陽修
公與魏公同在政府公長一嵗魏公諸事頗從之至議推尊濮王同朝但攻公故公遺令託魏公作墓誌欲令魏公承當此事耳
新字:公与魏公同在政府公長一歳魏公諸事頗従之至議推尊濮王同朝但攻公故公遺令託魏公作墓誌欲令魏公承当此事耳
書き下し
公と魏公と同じく政府に在り。公は一歳長ず。魏公諸事頗る之に從う。濮王を推尊するを議するに至り、同朝但だ公を攻む。故に公遺令して魏公に託して墓誌を作らしむ。魏公をして此の事を承當せしめんと欲するのみ。
現代語訳
欧陽脩と韓琦はともに政府にいた。欧陽脩のほうが一歳年長であった。韓琦は多くの事でこれに従った。濮王を追尊することを議するに至って、同じ朝廷の者はただ欧陽脩だけを攻撃した。それゆえ欧陽脩は遺言して、韓琦に墓誌を書くよう託した。韓琦にこの一件を引き受けさせようとしたのである。
解説
自分の墓誌を、誰に書かせるかという選び方です。濮議は二人で決めたのに、非難は一人に集中しました。弁解しなかったこの人が、最後に打った手が遺言でした。**遺言して、韓琦に墓誌を書くよう託した。**墓誌を書けば、その人の生涯を自分の名で保証することになります。濮議についても、書き手が引き受けるほかない。**韓琦にこの一件を引き受けさせようとしたのである。**生前に一言も弁解しないまま、死後の文書で分担を戻しました。
この章句が説くこと
公と魏公と同じく政府に在り公は一歳長ず濮王を推尊するを議するに至り同朝但だ公を攻む故に公遺令して魏公に託して墓誌を作らしむ魏公をして此の事を承当せしめんと欲するのみ遺言責任
関連する章句
-
葉隠・聞書第一役儀(やくぎ)を危(あぶ)なきと思うは、すくたれ者なり。外(ほか)の事、私(わたくし)の事にて仕損(しそん)ずるとこそ辱(はじ)にてもあるべし。その事に備(そな)わりたる身なれば、その事にて仕損ずるは定まりたることなり。不調法(ぶちょうほう)にて何と相勤(あいつと)むべきやとの心遣(こころづか)いは、あるべき事なり。
-
論語・衛霊公篇子曰わく、君子はこれを己に求め、小人はこれを人に求む。
-
論語・季氏篇孔子曰く、禄の公室を去ること、五世なり。政の大夫に逮ぶこと、四世なり。故に夫の三桓の子孫、微なり。
-
論語・憲問篇子曰く、「我を知ること莫きかな。」子貢曰く、「何為れぞ其れ子を知ること莫からんや。」子曰く、「天を怨みず、人を尤めず、下学して上達す。我を知る者は、其れ天か。」
-
論語・里仁篇子曰わく、父母在すれば、遠く遊ばず。遊ぶに必ず方有り。
-
尚書・湯誥其れ爾(なんじ)ら万方(ばんぽう)に罪あらば、予(われ)一人に在り。予一人に罪あらば、爾ら万方を以(もっ)てすること無かれ。