宋名臣言行録 / 後集巻一・韓琦
公晚與永叔相知而相親最深永叔深服公之德量嘗曰累百歐陽修何敢望韓公公曰永叔相知無他琦以誠而已公知永叔不以繫辭為孔氏書又多不以文中子為可取中書相會累年未嘗與之言及也
新字:公晩与永叔相知而相親最深永叔深服公之徳量嘗曰累百欧陽修何敢望韓公公曰永叔相知無他琦以誠而已公知永叔不以繋辞為孔氏書又多不以文中子為可取中書相会累年未嘗与之言及也
書き下し
公晚に永叔と相知りて相親しむこと最も深し。永叔深く公の德量に服す。嘗て曰く、累百の歐陽脩も何ぞ敢えて韓公を望まんやと。公曰く、永叔の相知るは他無し。琦は誠を以てするのみと。公、永叔の繫辭を以て孔氏の書と爲さず、又た多く文中子を以て取る可しと爲さざるを知る。中書に相會すること累年、未だ嘗て之と言い及ばざるなり。
現代語訳
韓琦は晩年に欧陽脩と知り合い、親しむことが最も深かった。欧陽脩は深く韓琦の徳と度量に服した。かつて言った。「欧陽脩が百人重なったところで、どうして韓公を望めようか」。韓琦は言った。「永叔が私を知ってくれるのは、ほかでもない。琦はまことをもって接するだけだ」。韓琦は、欧陽脩が『繋辞』を孔子の書とせず、また『文中子』の多くを取るに足らないとしていることを知っていた。中書省で何年も顔を合わせながら、一度もそのことを話題にしなかった。
解説
親しさの中身が、後半の三行に書いてあります。韓琦は相手の学問上の立場を知っていました。『繋辞』を孔子の書とせず、『文中子』の多くを取るに足らないとしている。当時としては際どい説です。議論を仕掛ける材料は十分にありました。中書省で何年も顔を合わせながら、一度もそのことを話題にしなかった。避けたのではなく、選んで触れていません。自分の側の説明も短い。琦はまことをもって接するだけだ。相手を変えようとしないことが、この場合の誠でした。
この章句が説くこと
永叔深く公の徳量に服す累百の欧陽脩も何ぞ敢えて韓公を望まんや永叔の相知るは他無し琦は誠を以てするのみ中書に相会すること累年未だ嘗て之と言い及ばざるなり交友誠
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