宋名臣言行録 / 後集巻一・韓琦
公因論進退曰處去就之難者不可猛而有迹(遺事)孫和甫奉使虜中過魏請教於公公曰勿以為夷狄而鄙薄之甚善
新字:公因論進退曰処去就之難者不可猛而有迹(遺事)孫和甫奉使虜中過魏請教於公公曰勿以為夷狄而鄙薄之甚善
書き下し
公、進退を論ずるに因りて曰く、去就の難きに處する者は、猛にして迹有る可からずと(遺事)。孫和甫、虜中に奉使す。魏を過ぎ、教えを公に請う。公曰く、夷狄と爲して之を鄙薄する勿かれと。甚だ善し。
現代語訳
韓琦は、進退について論じたついでに言った。「去るか留まるかの難しい場に処する者は、荒々しくして跡を残してはならない」〔遺事〕。孫和甫が契丹の地に使いした。魏を通ったとき、韓琦に教えを請うた。韓琦は言った。「夷狄だとして相手を見下してはならない」。まことに立派な言葉である。
解説
短い言葉が二つ並んでいます(底本はここで出典の注記が本文に紛れ込んでいます)。ひとつは退き際についてです。**去るか留まるかの難しい場に処する者は、荒々しくして跡を残してはならない。**辞め方が激しいと、そこに理由の痕が残り、後々まで読み返されます。もうひとつは使者への一言でした。**夷狄だとして相手を見下してはならない。**交渉の場で最も損をするのが侮りだ、という実務の忠告です。どちらも、その場では損に見えて、後で効いてくる種類の助言でした。
この章句が説くこと
去就の難きに処する者は猛にして迹有る可からず孫和甫虜中に奉使す魏を過ぎ教えを公に請う夷狄と為して之を鄙薄する勿かれ進退跡外交
関連する章句
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説苑・雜言賢人君子は、盛衰の時に通じ、成敗の端に明らかに、治乱の紀を察し、人情を審らかにす。去就する所を知る、故に窮すと雖も亡国の勢に処らず、貧しと雖も汙君の禄を受けず。是を以て太公は七十にして自ら達せず、孫叔敖は三たび相を去りて自ら悔いず。何となれば則ち、強いて其の人に非ざるに合せざればなり。太公は一たび周に合して侯たること七百歳、孫叔敖は一たび楚に合して封ぜらるること十世。大夫種は越を存亡して覇たらしめしも、句踐は死を前に賜う。李斯は功を秦に積みしも、卒に五刑を被る。忠を尽くして君を憂い、身を危うくして国を安んずる、其の功は一なり。或いは封侯して絶えず、或いは死を賜いて刑を被る。慕う所・由る所異なればなり。故に箕子は国を去りて狂を佯り、范蠡は越を去りて名を易え、智過は君弟を去りて姓を更う、皆遠きを見て微を識り、仁は能く富勢を去りて以て萌生の禍を避くる者なり。夫れ暴乱の君、孰か能く縶を離ちて其の身を役し、患いに与らんや。故に賢者は死を畏れ害を避くるのみに非ざるなり、身を殺すも益無くして明主の暴なればなり。比干は紂に死すも其の行いを正す能わず、子胥は呉に死すも其の国を存する能わず。二子は強諫して死す、適に明主の暴を明らかにするのみ、未だ始めより秋毫の端の如きも益有らざるなり。是を以て賢人は其の智を閉じ、其の能を塞ぎ、其の人を得るを待ちて然る後に合す。故に言えば聴かれざる無く、行えば疑わるる無く、君臣両つながら与にし、終身患い無し。今其の時を得るに非ず、又其の人無く、直だ私意已む能わず、世の乱れを閔れみ、主の危うきを憂う。貲無きの身を以て、蔽塞の路を渉り、讒人の前を経、無量の主に造り、不測の罪を犯す。其の天性を傷る、豈に惑いならざらんや。故に文信侯・李斯は、天下謂う所の賢なり、国の為に計り微を揣り隠を射る、所謂過策無きなり。戦いて勝ち攻めて取る、所謂強敵無きなり。功を積むこと甚だ大に、勢利甚だ高し。賢人用いられず、讒人事を用う、自ら用いられざるを知るも、其の仁去る能わず。敵を制し功を積むこと、秋毫を失わず。患いを避け害を去ること、丘山を見ず。其の欲する所を積みて、以て其の悪む所に至る、豈に勢利に惑わさるるに非ざらんや。詩に云う、『人は其の一を知りて、其の他を知る莫し』と。此を之れ謂うなり。
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