宋名臣言行録 / 後集巻一・韓琦
英宗上僊今上即位一日遂懇辭位上流涕謂相公欲何之公一日又持四方士人見責不退書開陳以謂清議不容如此豈敢安位上又流涕不語請益堅他日忽宣諭已有恩命云亦不久在外虚席以待故除兩鎮(除鎮安德勝等軍節度兼侍中判相州)有衮衣待還之語公復進見謂制語太過使臣不得安外乞改之上不許
新字:英宗上僊今上即位一日遂懇辞位上流涕謂相公欲何之公一日又持四方士人見責不退書開陳以謂清議不容如此豈敢安位上又流涕不語請益堅他日忽宣諭已有恩命云亦不久在外虚席以待故除両鎮(除鎮安徳勝等軍節度兼侍中判相州)有衮衣待還之語公復進見謂制語太過使臣不得安外乞改之上不許
書き下し
英宗上僊し、今上即位す。一日、遂に懇ろに位を辭す。上流涕して謂う、相公何くにか之かんと欲すると。公一日、又た四方の士人の退かざるを見責するの書を持し、開陳して以謂えらく、清議容さず。此くの如くんば豈に敢えて位に安んぜんやと。上又た流涕して語らず。請うこと益ミ堅し。他日忽ち宣諭す、已に恩命有りと。云う、亦た久しくは外に在らしめず、席を虚しくして以て待つと。故に兩鎮を除す(鎮安・德勝等軍節度兼侍中・判相州を除す)。衮衣もて還るを待つの語有り。公復た進見して、制の語太だ過ぎて、臣をして外に安んずるを得ざらしむと謂い、之を改めんことを乞う。上許さず。
現代語訳
英宗が崩じ、今上(神宗)が即位した。ある日、韓琦はついに懇ろに位を辞した。天子は涙を流して言った。「相公はどこへ行こうというのか」。韓琦はある日また、各地の士人が退かないことを責める書を持ち出して開き示し、こう申し上げた。「世の議論が許しません。このようであって、どうして安んじて位におれましょうか」。天子はまた涙を流して何も言わなかった。願いはいよいよ堅かった。後日、突然に告げられた。すでに恩命がある、と。「長く外に置いておくつもりはない。席を空けて待っている」と言われた。そこで二つの鎮の任を授けられた(鎮安・徳勝等軍節度使兼侍中、判相州の職である)。「衮の衣で還るのを待つ」という言葉があった。韓琦はふたたび参上して、詔の言葉が行き過ぎていて、臣は外にあって安んじられません、と申し上げ、改めていただきたいと願った。天子は許さなかった。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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説苑・雜言賢人君子は、盛衰の時に通じ、成敗の端に明らかに、治乱の紀を察し、人情を審らかにす。去就する所を知る、故に窮すと雖も亡国の勢に処らず、貧しと雖も汙君の禄を受けず。是を以て太公は七十にして自ら達せず、孫叔敖は三たび相を去りて自ら悔いず。何となれば則ち、強いて其の人に非ざるに合せざればなり。太公は一たび周に合して侯たること七百歳、孫叔敖は一たび楚に合して封ぜらるること十世。大夫種は越を存亡して覇たらしめしも、句踐は死を前に賜う。李斯は功を秦に積みしも、卒に五刑を被る。忠を尽くして君を憂い、身を危うくして国を安んずる、其の功は一なり。或いは封侯して絶えず、或いは死を賜いて刑を被る。慕う所・由る所異なればなり。故に箕子は国を去りて狂を佯り、范蠡は越を去りて名を易え、智過は君弟を去りて姓を更う、皆遠きを見て微を識り、仁は能く富勢を去りて以て萌生の禍を避くる者なり。夫れ暴乱の君、孰か能く縶を離ちて其の身を役し、患いに与らんや。故に賢者は死を畏れ害を避くるのみに非ざるなり、身を殺すも益無くして明主の暴なればなり。比干は紂に死すも其の行いを正す能わず、子胥は呉に死すも其の国を存する能わず。二子は強諫して死す、適に明主の暴を明らかにするのみ、未だ始めより秋毫の端の如きも益有らざるなり。是を以て賢人は其の智を閉じ、其の能を塞ぎ、其の人を得るを待ちて然る後に合す。故に言えば聴かれざる無く、行えば疑わるる無く、君臣両つながら与にし、終身患い無し。今其の時を得るに非ず、又其の人無く、直だ私意已む能わず、世の乱れを閔れみ、主の危うきを憂う。貲無きの身を以て、蔽塞の路を渉り、讒人の前を経、無量の主に造り、不測の罪を犯す。其の天性を傷る、豈に惑いならざらんや。故に文信侯・李斯は、天下謂う所の賢なり、国の為に計り微を揣り隠を射る、所謂過策無きなり。戦いて勝ち攻めて取る、所謂強敵無きなり。功を積むこと甚だ大に、勢利甚だ高し。賢人用いられず、讒人事を用う、自ら用いられざるを知るも、其の仁去る能わず。敵を制し功を積むこと、秋毫を失わず。患いを避け害を去ること、丘山を見ず。其の欲する所を積みて、以て其の悪む所に至る、豈に勢利に惑わさるるに非ざらんや。詩に云う、『人は其の一を知りて、其の他を知る莫し』と。此を之れ謂うなり。
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論語・憲問篇子曰く、賢者は世を辟く。其の次は地を辟く。其の次は色を辟く。其の次は言を辟く。
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孫子・九変篇将に五危有り。必死は殺すべきなり。必生は虜にすべきなり。忿速は侮るべきなり。廉潔は辱むべきなり。愛民は煩わすべきなり。
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孫子・九地篇利に合いて動き、利に合わずして止まる。
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論語・郷党篇色みて斯に挙がり、翔りて後に集まる。曰く、「山梁の雌雉、時なるかな、時なるかな。」子路之を共す。三たび嗅ぎて作つ。
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牧民忠告・閑居世俗は窮達進退(きゅうたつしんたい)を皆夫(か)の命に本(もと)づくを以(もっ)てし、命の窮する者は、竭蹶(けっけつ)して進むを求むと雖も亦た窮し、命の達する者は、遠く逝(ゆ)き深く蔵(かく)ると雖も亦た退くこと能わずと謂う。此れ星翁(せいおう)・術士の常談にして、君子の尚(とうと)ぶ所に非ざるなり。君子は則ち義を以て命に処り、命に倚(よ)りて以て義を害せず。以て進むべければ則ち進み、以て退くべければ則ち退き、吾は命を謂わざるなり。楽しめば則ち之を行い、憂うれば則ち之に違(たが)う、吾豈(あに)命を謂わんや。彼の富貴利達の境に淪胥(りんしょ)して出づる能わざる者は、則ち往往にして命に託して以て自ら誣(し)い、宜(うべ)なるかな武(あと)を禍機(かき)に接して卒(つい)に悟る能わざるは。悲しいかな。