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甲陽軍鑑 / 品第四十七

其由來は關東牢人に赤口關左衛門、上方牢人寺川四郞右衞門と申仁、兩人の侍口がらかひいたし、旣に彼雜言に付て寺川四郞右衞門座を起て赤口關左衞門がむなづくしをとりて後ろのかべにおしつくる、赤口關左衞門おしたふされて、おきあがると雖も、寺川四郞右衛門其比四十余りの盛り、赤口關は五十六七の者なれば、おしつけられておくる事ならず、仰のきに成てゐながら赤口關左衛門が兩方の足を以て寺川四郞右衞門が、ひはらをあらけなく踏ければ、寺川心に覺へず手をはなして三間斗跡へしさりて、色をわろくして機を取失ふ子細は、いきぶくろをふまれての事也、

新字:其由来は関東牢人に赤口関左衛門、上方牢人寺川四郎右衛門と申仁、両人の侍口がらかひいたし、旣に彼雑言に付て寺川四郎右衛門座を起て赤口関左衛門がむなづくしをとりて後ろのかべにおしつくる、赤口関左衛門おしたふされて、おきあがると雖も、寺川四郎右衛門其比四十余りの盛り、赤口関は五十六七の者なれば、おしつけられておくる事ならず、仰のきに成てゐながら赤口関左衛門が両方の足を以て寺川四郎右衛門が、ひはらをあらけなく踏ければ、寺川心に覚へず手をはなして三間斗跡へしさりて、色をわろくして機を取失ふ子細は、いきぶくろをふまれての事也、

書き下し

其由来は関東牢人に赤口関左衛門、上方牢人寺川四郎右衛門と申仁、両人の侍口がらかひいたし、旣に彼雑言に付て寺川四郎右衛門座を起て赤口関左衛門がむなづくしをとりて後ろのかべにおしつくる、赤口関左衛門おしたふされて、おきあがると雖も、寺川四郎右衛門其比四十余りの盛り、赤口関は五十六七の者なれば、おしつけられておくる事ならず、仰のきに成てゐながら赤口関左衛門が両方の足を以て寺川四郎右衛門が、ひはらをあらけなく踏ければ、寺川心に覚へず手をはなして三間斗跡へしさりて、色をわろくして機を取失ふ子細は、いきぶくろをふまれての事也、

現代語訳

その由来は、関東牢人に赤口関左衛門、上方牢人に寺川四郎右衛門と申す仁、両人の侍が口喧嘩をいたし、すでにかの雑言につき、寺川四郎右衛門が座を起って赤口関左衛門の胸づくしを取って後ろの壁に押し付ける。赤口関左衛門は押し倒されて起き上がると言えども、寺川四郎右衛門はその頃四十余りの盛り、赤口関は五十六七の者であれば、押し付けられて起きる事はならず。仰のきになっていながら、赤口関左衛門が両方の足をもって寺川四郎右衛門の脾腹を荒けなく踏んだので、寺川は心に覚えず手を放して三間ばかり後ろへ退り、色を悪くして機を取り失う。子細は、息袋を踏まれての事である。

解説

若い側が年寄りを壁に押し付けたところ、押さえられたほうが仰向けのまま両足で相手の脇腹を蹴り上げた。息が詰まって手を放し、三間下がる。力で負けている側が下から急所を取った場面が、細かく書き留められている。力で負けている側が下から急所を取った場面が、細かく書き留められている。押さえられたまま、両足で脇腹を蹴り上げたという。

この章句が説くこと

喧嘩急所姿勢逆転

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