甲陽軍鑑 / 品第四十
凡そ日本國中にも三人とあるまじきとさたなり一甲州武田の譜代衆隨分の侍に今福淨閑、若き時分よりためし物をよくきる人にてしかも上手なれば、すでにすへものを切りて其頸の落るに、わきざしをもつて切口へつきつらぬきて、したへおとさぬやうに中にてあぐるほど手をからしたる、ためし物の上手にて侍衆大身·小身共に淨閑に賴まぬはなし、さる程に其年四十七八迄千人に及び切り給ふとさたあれ共、定めて一二百人も切り給ふべし、此人何としてやらん能き子供幾人も病死する、扨又今福淨閑參學などして、心もこびたる人なれば下劣の批判に取りあはず、
新字:凡そ日本国中にも三人とあるまじきとさたなり一甲州武田の譜代衆随分の侍に今福浄閑、若き時分よりためし物をよくきる人にてしかも上手なれば、すでにすへものを切りて其頸の落るに、わきざしをもつて切口へつきつらぬきて、したへおとさぬやうに中にてあぐるほど手をからしたる、ためし物の上手にて侍衆大身·小身共に浄閑に頼まぬはなし、さる程に其年四十七八迄千人に及び切り給ふとさたあれ共、定めて一二百人も切り給ふべし、此人何としてやらん能き子供幾人も病死する、扨又今福浄閑参学などして、心もこびたる人なれば下劣の批判に取りあはず、
書き下し
凡そ日本国中にも三人とあるまじきとさたなり一甲州武田の譜代衆随分の侍に今福浄閑、若き時分よりためし物をよくきる人にてしかも上手なれば、すでにすへものを切りて其頸の落るに、わきざしをもつて切口へつきつらぬきて、したへおとさぬやうに中にてあぐるほど手をからしたる、ためし物の上手にて侍衆大身·小身共に浄閑に頼まぬはなし、さる程に其年四十七八迄千人に及び切り給ふとさたあれ共、定めて一二百人も切り給ふべし、此人何としてやらん能き子供幾人も病死する、扨又今福浄閑参学などして、心もこびたる人なれば下劣の批判に取りあはず、
現代語訳
甲州の武田の譜代衆で随分の侍に今福浄閑がいる。若い時分から試し物をよく斬る人で、しかも上手であるから、すでに据え物を斬ってその首が落ちるのに、脇差をもって切り口へ突き貫いて、下へ落とさないように中で上げるほど手を枯らした試し物の上手で、侍衆は大身・小身ともに浄閑に頼まない者はない。さるほどに、その年四十七、八までに千人に及ぶまで斬られたと沙汰があるけれども、きっと一、二百人も斬られたであろう。この人はどうしたことか、よい子どもが幾人も病死する。さてまた今福浄閑は参学などをして心も媚びた人であるから、下賤の批判に取り合わず。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
説苑・權謀孔子齊景公と坐す。左右白して曰く、「周使來りて廟燔くと言ふ」と。齊景公出でて問ひて曰く、「何の廟ぞや」と。孔子曰く、「是れ釐王の廟なり」と。景公曰く、「何を以て之を知る」と。孔子曰く、「詩に云ふ、『皇皇たる上帝、其の命忒はず』と。天の人に與するや、必ず徳有るに報ゆ。禍も亦た之の如し。夫れ釐王は文武の制を變じて玄黃の宮室を作り、輿馬奢侈にして振ふべからず。故に天其の廟に殃す。是を以て之を知る」と。景公曰く、「天何ぞ其の身に殃せずして其の廟に殃するや」と。子曰く、「天は文王の故を以てなり。若し其の身に殃せば、文王の祀、無乃ち絶えんか。故に其の廟に殃して以て其の過を章かにす」と。左右入りて報じて曰く、「周の釐王の廟なり」と。景公大いに驚き、起ちて拜して曰く、「善き哉、聖人の智、豈に大ならざらんや」と。
-
『墨子』法儀昔の聖王、禹・湯・文・武は、兼ねて天下の百姓を愛し、率いて以て天を尊び鬼に事う。其の人を利すること多し、故に天、之を福し、立てて天子と為さしめ、天下の諸侯、皆な賓として之に事う。暴王、桀・紂・幽・厲は、兼ねて天下の百姓を惡み、率いて以て天を詬り鬼を侮る。其の人を賊うこと多し、故に天、之を禍し、遂に其の國家を失わしめ、身死して天下に僇と為り、後世の子孫、之を毁り、今に至るまで息まず。故に不善を為して以て禍を得る者は、桀・紂・幽・厲是れなり。人を愛し人を利して以て福を得る者は、禹・湯・文・武是れなり。人を愛し人を利して以て福を得る者は有り、人を惡み人を賊うて以て禍を得る者も亦た有り。
-
荀子・大略篇凡そ物は乗じて来たる有り。其の出づるに乗ずる者は、是れ其の反(かへ)りなり。
-
風姿花伝・第七 別紙口伝一、抑、因果とて、よきあしき時のあるも、公案を尽して見るに、ただめづらしき、めづらしからぬの二つなり。おなじ上手にておなじ能を、昨日今日見れども、おもしろやと見えつる事の、今またおもしろくもなき時のあるは、昨日おもしろかりつる心ならひに、今日はめづらしからぬによりて、わるしと見るなり。その後またよき時のあるは、先にわるかりつるものをと思ふ心、まためづらしきに還りて、おもしろくなるなり。されば、この道をきはめをはりて見れば、花とて別にはなきものなり。奥義をきはめて、よろづにめづらしき理をわれと知るならでは、花はあるべからず。経にいはく、善悪不二、邪正一如とあり。本来より、よきあしきとは何をもて定むべきや。ただ時によりて用足る物をばよき物とし、用足らぬをあしき物とす。この風体の品々も、当世の衆人諸所にわたりて、その時のあまねき好みによりて取出す風体、これ用足る為の花なるべし。ここにこの風体をもてあそめば、かしこにまた余の風体を賞翫す。これ、人々心々の花なり。いづれをまこととせんや。ただ時に用ゆるをもて花と知るべし。
-
説苑・說叢夫れ水は山に出でて海に入り、稼は田に生じて廩に藏す。聖人は生ずる所を見れば則ち歸する所を知る。
-
『墨子』節葬下以て刑政を治めんと欲するは、意う者、可なるか。其の説、又た不可なり。今、惟だ厚葬久喪を以て政を為す無し。國家、必ず貧しく、人民、必ず寡なく、刑政、必ず亂る。若の法、若の言のごとくし、若の道を行いて、上為る者をして此を行わしめば、則ち聴治する能わず、下為る者をして此を行わしめば、則ち事に從う能わず。上、聴治せざれば、刑政、必ず亂れ、下、事に從わざれば、衣食の財、必ず足らず。若し茍くも足らざれば、人の弟為る者は其の兄に求めて得ず、弟ならざる弟は必ず將に其の兄を怨まんとす。人の子為る者は其の親に求めて得ず、孝ならざる子は必ず且つ其の親を怨まんとす。人の臣為る者は之を君に求めて得ず、忠ならざる臣は必ず且つ其の上を亂さんとす。是を以て僻淫邪行の民、出づれば則ち衣無く、入れば則ち食無く、内に潰えて奚若んぞ並びに淫暴を為して、勝げて禁ず可からず。是の故に盜賊、衆くして治まる者、寡なし。盜賊を衆くして治まるを寡なくして、此を以て治を求むるは、譬うるに猶お人をして衆からしめて已に負わしむる毋きがごときなり。治の説、得可き無し。是の故に以て刑政を治めんことを求むるも、既已に不可なり。