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甲陽軍鑑 / 品第四十

上卷第十三信玄公を始奉り家老衆大身·小身善惡の儀分別の事付物の時宜作法手本に成事一僞のなき世なりせば世の間にたが誠をもうれしからまし、とある歌を人にならふて、高坂彈正が爰に記し申は此書置、若し落ちりて人々見給ふ共、盛なる家にて奉公衆の大小·上下共に心いたりたる武士の御覽候はゝ大にわらひ給はんずれ共、是は又左樣の能き人へは深く、かくして衰る家の無穿鑿成る奉公衆に心を付參らせんが爲にいかにもぐち成書物也、以上高坂彈正が申す誠に我等文盲第一にてすでに一文字を引事もならざれ共、傍輩の中にふかう分別達したる大剛の名人に、したしく雜談をつねに聞て、百に一ッばかり覺へ候て少心も付たる故か、

新字:上巻第十三信玄公を始奉り家老衆大身·小身善悪の儀分別の事付物の時宜作法手本に成事一偽のなき世なりせば世の間にたが誠をもうれしからまし、とある歌を人にならふて、高坂弾正が爰に記し申は此書置、若し落ちりて人々見給ふ共、盛なる家にて奉公衆の大小·上下共に心いたりたる武士の御覧候はゝ大にわらひ給はんずれ共、是は又左様の能き人へは深く、かくして衰る家の無穿鑿成る奉公衆に心を付参らせんが為にいかにもぐち成書物也、以上高坂弾正が申す誠に我等文盲第一にてすでに一文字を引事もならざれ共、傍輩の中にふかう分別達したる大剛の名人に、したしく雑談をつねに聞て、百に一ッばかり覚へ候て少心も付たる故か、

書き下し

上巻第十三信玄公を始奉り家老衆大身·小身善悪の儀分別の事付物の時宜作法手本に成事一偽のなき世なりせば世の間にたが誠をもうれしからまし、とある歌を人にならふて、高坂弾正が爰に記し申は此書置、若し落ちりて人々見給ふ共、盛なる家にて奉公衆の大小·上下共に心いたりたる武士の御覧候はゝ大にわらひ給はんずれ共、是は又左様の能き人へは深く、かくして衰る家の無穿鑿成る奉公衆に心を付参らせんが為にいかにもぐち成書物也、以上高坂弾正が申す誠に我等文盲第一にてすでに一文字を引事もならざれ共、傍輩の中にふかう分別達したる大剛の名人に、したしく雑談をつねに聞て、百に一ッばかり覚へ候て少心も付たる故か、

現代語訳

上巻第十三。信玄公をはじめ奉り、家老衆・大身・小身の善悪の儀を分別することの事。付けたり、物の時宜と作法が手本になる事。偽りのない世であったなら、世の間で人の誠もうれしくはあるまい、という歌を人に習って、高坂弾正がここに記し申すのは、この書き置きがもし落ち散って人々がご覧になっても、盛んな家で奉公衆の大小・上下ともに心の至った武士がご覧になれば大いに笑われるであろうけれども、これはまた、そのようなよい人へは深く隠して、衰える家の詮索のない奉公衆に心を付けさせ参らせるために、いかにも愚痴なる書物である。以上、高坂弾正が申す。まことに我らは文盲第一で、すでに一文字を引くこともできないけれども、傍輩の中で深く分別に達した大剛の名人と親しく雑談を常に聞いて、百に一つばかり覚えて少しは心も付いたゆえか。

解説

偽りのない世なら誠もうれしくない、という歌を掲げて書き出す。よくできた家の人には見せず、衰えていく家の詮索の足りない者にこそ読ませたい、と読者を名指ししている。自分は文盲だが名人の雑談を百に一つ覚えた、というのが著者の資格である。自分は文盲だが名人の雑談を百に一つ覚えた、というのが著者の資格である。読ませたい相手を、衰えていく家の者と名指ししている。

この章句が説くこと

書置読者高坂文盲

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