孔子家語 / 哀公問政
公曰:「為之奈何?」孔子曰:「齊潔盛服,非禮不動,所以修身也;去讒遠色,賤財而貴德,所以尊賢也;爵其能,重其祿,同其好惡,所以篤親親也;官盛任使,所以敬大臣也;忠信重祿,所以勸士也;時使薄歛,所以子百姓也;日省月考,既廩稱事,所以來百工也;送往迎來,嘉善而矜不能,所以綏遠人也;繼絕世,舉廢邦,治亂持危,朝聘以時,厚往而薄來,所以懷諸侯也。治天下國家有九經,其所以行之者,一也。凡事豫則立,不豫則廢,言前定則不跲,事前定則不困,行前定則不疚,道前定則不窮。在下位不獲於上,民弗可得而治矣;獲於上有道,不信於友,不獲於上矣;信於友有道,不順於親,不信於友矣;順於親有道,反諸身不誠,不順於親矣;誠身有道,不明於善,不誠於身矣。誠者,天之至道也;誠之者,人之道也。夫誠,弗勉而中,不思而得,從容中道,聖人之所以體定也。誠之者,擇善而固執之者也。」
新字:公曰:「為之奈何?」孔子曰:「斉潔盛服,非礼不動,所以修身也;去讒遠色,賤財而貴徳,所以尊賢也;爵其能,重其禄,同其好悪,所以篤親親也;官盛任使,所以敬大臣也;忠信重禄,所以勧士也;時使薄歛,所以子百姓也;日省月考,既廩称事,所以来百工也;送往迎来,嘉善而矜不能,所以綏遠人也;継絶世,舉廃邦,治乱持危,朝聘以時,厚往而薄来,所以懐諸侯也。治天下国家有九経,其所以行之者,一也。凡事予則立,不予則廃,言前定則不跲,事前定則不困,行前定則不疚,道前定則不窮。在下位不獲於上,民弗可得而治矣;獲於上有道,不信於友,不獲於上矣;信於友有道,不順於親,不信於友矣;順於親有道,反諸身不誠,不順於親矣;誠身有道,不明於善,不誠於身矣。誠者,天之至道也;誠之者,人之道也。夫誠,弗勉而中,不思而得,従容中道,聖人之所以体定也。誠之者,択善而固執之者也。」
書き下し
公曰わく、「之れを為すこと奈何。」孔子曰わく、「斉潔にして服を盛んにし、礼に非ざれば動かざるは、身を修むる所以なり。讒を去り色を遠ざけ、財を賤しみて徳を貴ぶは、賢を尊ぶ所以なり。其の能に爵し、其の禄を重んじ、其の好悪を同じくするは、親を親しむを篤くする所以なり。官盛んに任使するは、大臣を敬う所以なり。忠信もて禄を重くするは、士を勧むる所以なり。時に使いて歛を薄くするは、百姓を子とする所以なり。日に省み月に考え、既廩事に称うは、百工を来す所以なり。往くを送り来たるを迎え、善を嘉して不能を矜むは、遠人を綏んずる所以なり。絶世を継ぎ、廃邦を挙げ、乱を治め危きを持し、朝聘時を以てし、往くを厚くして来たるを薄くするは、諸侯を懐くる所以なり。天下国家を治むるに九経有り、其の之れを行う所以の者は、一なり。凡そ事は予めすれば則ち立ち、予めせざれば則ち廃す。言、前に定まれば則ち跲かず、事、前に定まれば則ち困しまず、行、前に定まれば則ち疚しからず、道、前に定まれば則ち窮せず。下位に在りて上に獲られざれば、民得て治む可からず。上に獲らるるに道有り、友に信ぜられざれば、上に獲られざるなり。友に信ぜらるるに道有り、親に順わざれば、友に信ぜられざるなり。親に順うに道有り、諸を身に反りみて誠ならざれば、親に順わざるなり。身を誠にするに道有り、善に明らかならざれば、身に誠ならざるなり。誠は、天の至道なり。之れを誠にするは、人の道なり。夫れ誠は、勉めずして中り、思わずして得、従容として道に中る、聖人の体定まる所以なり。之れを誠にする者は、善を択びて之れを固執する者なり。」
現代語訳
哀公は言った。「それをどのように実行すればよいのでしょうか。」孔子は言った。「心身を清め衣服を整え、礼にかなわなければ動かないようにするのが、身を修める方法です。讒言を退け色香を遠ざけ、財貨を軽んじて徳を重んじるのが、賢者を尊ぶ方法です。功績ある者に爵位を与え、その俸禄を手厚くし、その好き嫌いを共にするのが、肉親への愛情を篤くする方法です。役所の組織を充実させ人材を任用するのが、大臣を敬う方法です。真心と信義を尽くし俸禄を手厚くするのが、士を励ます方法です。農繁期を避けて人を使い、税を軽くするのが、庶民を我が子のように慈しむ方法です。日ごとに反省し月ごとに検討し、支給する俸給を仕事の内容に見合ったものにするのが、多くの職人を招く方法です。去る者を見送り来る者を迎え、善行を称え、不出来な者を憐れむのが、遠方の人々を安んじる方法です。断絶した家を継がせ、廃れた国を復興させ、乱れを治め危機を支え、朝見・聘問を時宜にかなわせ、贈り物は手厚く受け取りは控えめにするのが、諸侯を懐かせる方法です。天下国家を治めるには九つの筋道がありますが、それを実行する要諦はただ一つ(誠)です。そもそも物事は前もって準備しておけば成り立ちますが、準備がなければ失敗します。言葉は前もって決めておけばつまずかず、事業は前もって決めておけば行き詰まらず、行動は前もって決めておけば後ろめたさがなく、進む道は前もって決めておけば行き詰まりません。下の地位にありながら上の者の信任を得られなければ、民を治めることはできません。上の者の信任を得るには方法があり、友から信頼されなければ、上の信任は得られません。友から信頼されるには方法があり、親に従わなければ、友から信頼されません。親に従うには方法があり、我が身を省みて誠実でなければ、親に従うことはできません。我が身を誠実にするには方法があり、善というものを明らかに理解していなければ、我が身を誠実にすることはできません。誠は、天の至上の道です。それを誠にしようと努めることは、人の道です。誠というものは、努めなくても道に適い、考えなくても会得でき、ゆったりとしていながら道にかなう、これこそ聖人がその身に体現しているものです。誠にしようと努める者とは、善を選び取り、それを固く守り続ける者のことです。」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
易経・彖伝「中孚(ちゅうふ)」は、柔内に在りて剛中を得、説(よろこ)びて巽(したが)い、孚(まこと)乃(すなわ)ち邦(くに)を化するなり。「豚魚(とんぎょ)も吉なり」とは、信の豚魚に及べばなり。「大川を渉(わた)るに利(よ)ろし」とは、木に乗りて舟虚(むな)しければなり。中孚もって貞(ただ)しきに利ろしとは、乃ち天に應(おう)ずるなり。
-
言志四録・南洲手抄意の誠否は、須らく夢寐中の事に於て之を験すべし。
-
荀子・不苟篇君子の心を養うは誠より善きは莫し。誠を致さば則ち它事無し。唯だ仁のみ之れ守と為し、唯だ義のみ之れ行と為す。心を誠にして仁を守れば則ち形れ、形るれば則ち神なり、神なれば則ち能く化す。心を誠にして義を行なえば則ち理あり、理あれば則ち明らかなり、明らかなれば則ち能く変ず。変化代わる代わる興る、之を天徳と謂う。天は言わずして人は高きを推し、地は言わずして人は厚きを推し、四時は言わずして百姓は期す。夫れ此れ常有るは、其の誠を至せる者を以てなり。君子の至徳は、嘿然として喩り、未だ施さずして親しみ、怒らずして威あり。夫れ此れ命に順うは、其の独りを慎む者を以てなり。善の道を為すや、誠ならざれば則ち独ならず、独ならざれば則ち形れず、形れざれば則ち心に作り、色に見れ、言に出づと雖も、民は猶お未だ従わざるが若し。従うと雖も必ず疑う。天地は大と為すも、誠ならざれば則ち万物を化する能わず。聖人は知と為すも、誠ならざれば則ち万民を化する能わず。父子は親と為すも、誠ならざれば則ち疏し。君上は尊と為すも、誠ならざれば則ち卑し。夫れ誠なる者は、君子の守る所にして、政事の本なり。唯だ居る所にして其の類を以て至る。之を操れば則ち之を得、之を舎つれば則ち之を失う。操りて之を得れば則ち軽し、軽ければ則ち独行す。独行して舎てざれば、則ち済る。済りて材尽き、長く遷りて其の初めに反らざれば、則ち化す。
-
論語 八佾篇祭ること在るが如く。神を祭ること神在るが如し。子曰く、『吾、祭に与らざれば、祭らざるが如し。』
-
呂氏春秋・士容②齊に善く狗を相する者有り。其の鄰假いて以て鼠を取るの狗を買わんとす。期年にして乃ち之を得て、曰く、「是れ良狗なり。」其の鄰、之を畜うこと數年なれども、鼠を取らず。以て相する者に告ぐ。相する者曰く、「此れ良狗なり。其の志は獐麋豕鹿に在り、鼠に在らず。其の鼠を取らんことを欲せば、則ち之に桎せよ。」其の鄰、其の後ろ足に桎すれば、狗乃ち鼠を取る。夫れ驥驁の氣、鴻鵠の志、人心に諭らるる者有るは誠なればなり。人も亦た然り。誠之れ有れば則ち神、人に應ず。言豈に以て之を諭すに足らんや。此を不言の言と謂うなり。
-
呂氏春秋・精通④養由基、兕を射て、石に中て、矢乃ち飲羽す。兕に誠なればなり。伯樂、馬を相するを學ぶや、見る所馬に非ざる者無し。馬に誠なればなり。宋の庖丁好んで牛を解き、見る所死牛に非ざる者無く、三年にして生牛を見ず。刀を用うること十九年、刃新たに磨研せるが若く、其の理に順う。牛に誠なればなり。鍾子期、夜、磬を撃つ者を聞きて悲しみ、人をして召さしめて之に問いて曰く、「子、何ぞ磬を撃つことの悲しきや。」答えて曰く、「臣の父、不幸にして人を殺し、生を得ず。臣の母は生を得て、公家の為に酒を為り、臣の身は生を得て、公家の為に磬を撃つ。臣、臣の母を睹ざること三年なり。昔、舍氏と為りて臣の母を睹、之を贖う所以を量るに、則ち有る無し。而して身は固より公家の財なり。是の故に悲しむなり。」鍾子期歎嗟して曰く、「悲しいかな、悲しいかな。心は臂に非ざるなり。臂は椎に非ず石に非ざるなり。悲しみ心に存すれば、而ち木石之に應ず。」故に君子、此に誠なれば、而ち彼に諭し、己に感ずれば、而ち人に發すとは、豈に必ずしも彊說ならんや。周に申喜なる者有り。其の母を亡う。乞人の門下に歌うを聞きて、之を悲しんで顏色を動かす。門者に謂いて、乞人の歌う者を内れ、自ら見て焉に問う。曰く、「何の故にして乞う。」之と語れば、蓋し其の母なり。故に父母の子に於けるや、子の父母に於けるや、一體にして兩分、同氣にして異息、草莽の華實有るが若く、樹木の根心有るが若きなり。處を異にすと雖も相通じ、隱志相及び、痛疾相救い、憂思相感じ、生きては則ち相歡び、死しては則ち相哀しむ。此を之れ骨肉の親と謂う。神は忠より出で、心に應ず。兩精相得るは、豈に言を待たんや。