孔子家語 / 儒行解
公曰:「敢問儒行?」孔子曰:「略言之,則不能終其物;悉數之,則留仆未可以對。」哀公命席,孔子侍坐曰:「儒有席上之珍以待聘,夙夜強學以待問,懷忠信以待舉,力行以待取,其自立有如此者。
新字:公曰:「敢問儒行?」孔子曰:「略言之,則不能終其物;悉数之,則留仆未可以対。」哀公命席,孔子侍坐曰:「儒有席上之珍以待聘,夙夜強学以待問,懐忠信以待舉,力行以待取,其自立有如此者。
書き下し
公曰く、「敢えて問う、儒行を。」孔子曰く、「略して之を言えば、則ち其の物を終うる能わず、悉く之を数うれば、則ち仆を留めて未だ以て対うべからず。」哀公席を命じ、孔子侍坐して曰く、「儒に席上の珍を以て聘を待ち、夙夜強学して以て問を待ち、忠信を懐きて以て挙を待ち、力行して以て取を待つ有り。其の自立すること此くの如き者有り。
現代語訳
哀公が「あえてお尋ねします。儒者の行いとはどのようなものでしょうか」と尋ねると、孔子は「簡単に言えばその全貌を語り尽くすことができず、細かく数え上げれば、お側の方々をお引き止めしてしまい、とても答えきれるものではありません」と言った。それでも哀公が座席を用意させたので、孔子は控えて座り、話し始めた。「儒者には、座右にとっておきの宝(見識や徳)を蓄えて招聘を待ち、朝から晩まで懸命に学んで問いかけられるのを待ち、忠実さと信義を心に抱いて登用されるのを待ち、努力を尽くして採用されるのを待つ、という生き方があります。彼らの自立の姿勢は、このようなものです。
解説
本章から始まる長大な「儒行」の列挙は、儒者とはいかなる人物かを問う哀公に対し、孔子が一つひとつの徳目を挙げて答えていく形式をとります。まず示されるのは、儒者が自らを安売りせず、実力と徳を蓄えながら正当な評価を静かに待つという「自立」の姿勢です。地位や機会を焦って求めるのではなく、日々の研鑽と誠実さを積み重ね、機が熟すのを待つという構えは、拙速な自己アピールが重視されがちな現代においても、実力を土台とした信頼構築の王道を示す教えとして読むことができます。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
儒行自立哀公忠信力行
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『五常訓』巻之四・礼一礼器云、先王の礼を立つる、本あり、文あり。忠信は礼の本なり。義理は礼の文なり。本無ければ立たず。文なければ行はれず。いふ心は、礼に本あり。忠信を本とす。忠信はまことなり。礼に文あり。義理を文とす。義理とは、外に行ふ処のあらはれたるしわざの、すぢめよきを云ふ。本なければ礼の道立たず。万の事、皆誠より出づ。誠なければ物なし。されど又外のわざ、理にかなはざれば、文無くして、礼の道行はれず。必本末二ながらそなはりて、礼の道全し。されど先本をつとむるを要とすべし。忠信を本として、礼文行はるるは、たとへば味甘き物は、五味の和をうけ、色白きものは、五色の采をうくるが如し。忠信ある人は礼を学ぶべし。質よき故に、外の礼文そなはりやすし。
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『慎思録』巻之二聖人の教へは、忠信を主とするを以て本と為す。所謂之を誠にせんと思ふ者は、人の道なり。居敬を以て忠信を主とするの工夫と為す。苟も忠信を以て主と為さずして、徒に敬を以て一心の主宰と為さば、是れ工夫を以て心の主と為すなり。恐らくは敬に偏りて、流れて束縛強持の病と為らん。甚だしきは色仁を執りて、行ひ違ふ者之有り。夫れ敬は古来聖賢伝授の心法なり。然るに近世の持敬者は、一副当の病と為る。学者須らく居敬の方を知りて、而る後に持敬すべし。
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『弁名』忠信忠信連ね言ふも、亦た人の為に謀り人と言ふ者を以て之を言ふ。「忠信を主とす」の如きも、亦た此を以て主と為すなり。「忠信の人」も、亦た能く此くする人を謂ふなり。「忠信を主とし、義に徙る」と曰ひ、「忠信の人、以て礼を学ぶべし」と曰ふ。礼義は先王の道なり。忠信は中庸の徳なり。高きに登るは必ず卑きよりし、遠きに行くは必ず邇きよりす。故に先王の道を学ぶには、必ず忠信を以て基と為す。易の文言に「忠信は徳を進むる所以なり。辞を脩め其の誠を立つるは、業に居る所以なり」と曰ふが如し。辞を脩むとは詩書を学ぶを謂ふなり。其の誠を立つとは礼楽を学ぶを謂ふなり。詩書は義の府なり。故に「義に徙る」「以て礼を学ぶべし」と、其の意相発す。孔子曰く、「十室の邑、必ず忠信丘が如き者有らん。丘の学を好むに如かざるなり」と。則ち忠信有りと雖も、学ばざれば未だ郷人たるを免れざるなり。祇だ先王の道を学ぶも、中庸の徳に依らざれば、則ち基立たず、遠きに行き高きに登らんと欲するも亦た得べからず。是れ孔門の忠信を貴ぶ所以の意なり。
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