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後世への最大遺物 / 第一回・人が見ておらないときに

何十年でございますか、その年は忘れましたけれども、下の方から掘ってきたものは、湖水の方から掘っていった者の四尺上に往ったそうでございます。四尺上に往きましたけれども御承知の通り、水は高うございますから、やはり竜吐水のように向こうの方によく落ちるのです。生涯かかって人が見ておらないときに、後世に事業を遺そうというところの奇特の心より、二人の兄弟はこの大事業をなしました。人が見てもくれない、褒めてもくれないのに、生涯を費してこの穴を掘ったのは、それは今日にいたってもわれわれを励ます所業ではありませぬか。それから今の五ヵ村が何千石だかどれだけ人口があるか忘れましたが、五ヵ村が頼朝時代から今日にいたるまで年々米を取ってきました。

書き下し

何十年でございますか、その年は忘れましたけれども、下の方から掘ってきたものは、湖水の方から掘っていった者の四尺上に往ったそうでございます。四尺上に往きましたけれども、ご承知の通り、水は高うございますから、やはり竜吐水のように向こうの方によく落ちるのです。生涯かかって、人が見ておらないときに、後世に事業を遺そうというところの奇特の心より、二人の兄弟はこの大事業をなしました。人が見てもくれない、褒めてもくれないのに、生涯を費してこの穴を掘ったのは、それは今日にいたってもわれわれを励ます所業ではありませぬか。それから今の五ヵ村が何千石だか、どれだけ人口があるか忘れましたが、五ヵ村が頼朝時代から今日にいたるまで、年々米を取ってきました。

現代語訳

何十年かかったか、その年数は忘れましたが、下の方から掘ってきた穴は、湖の方から掘っていった穴の四尺上に達したそうです。四尺ずれましたが、ご存じのとおり水は高い方にありますから、やはり水はよく向こうへ落ちるのです。生涯をかけ、人が見ていないところで、後世に事業を遺そうという奇特な心から、二人の兄弟はこの大事業を成しました。人が見てもくれない、褒めてもくれないのに、生涯を費やしてこの穴を掘った。それは今日に至っても私たちを励ます行いではありませんか。それから今の五か村が何千石か、どれだけの人口か忘れましたが、五か村が頼朝の時代から今日まで、毎年米を取ってきました。

解説

四尺ずれた、という失敗がそのまま語られるところがこの話の値打ちです。両側から掘って正確に出会えなかった。それでも水は流れた。完璧でなくても役には立つ、という報告になっています。そして内村が強調するのは、人が見ていない、褒めてもくれない、という点です。冒頭で退けた、名を褒めてもらいたいという欲の完全な裏返しがここにある。褒める人がいないまま六百年働いた穴が、講演の当日に聴衆の目の前にある。これ以上の説得はありません。

この章句が説くこと

無名持続失敗灌漑励まし

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