近思録 / 巻12 警戒
聖人爲戒、必於方盛之時。方其盛而不知戒、故狃安富則驕侈生、樂舒肆則綱紀壞、忘禍亂則釁孽萌。是以浸淫、不知亂之至也。
新字:聖人為戒、必於方盛之時。方其盛而不知戒、故狃安富則驕侈生、楽舒肆則綱紀壊、忘禍乱則釁孽萌。是以浸淫、不知乱之至也。
書き下し
聖人の戒めを為すは、必ず方に盛んなるの時に於てす。方にその盛んにして戒むるを知らず、故に安富に狃るれば則ち驕侈生じ、舒肆を楽しめば則ち綱紀壊れ、禍乱を忘るれば則ち釁孽萌す。是を以て浸淫して、乱の至るを知らず。
現代語訳
聖人が戒めを述べるのは、必ずまさに盛んなときにおいてである。盛んなときに戒めることを知らないから、安らかで豊かなのに慣れれば驕りと奢りが生まれ、伸び伸びとしているのを楽しめば綱紀が壊れ、禍乱を忘れれば災いの芽が生じる。こうして少しずつ浸されて、乱れが来ていることに気づかない。
解説
戒めるべき時期を、盛んなときと特定した一条である。理由は続く三つの因果で説明される。安富に慣れる、伸び伸びを楽しむ、禍乱を忘れる。どれも順調であることの当然の帰結で、悪意も怠慢もない。だからこそ気づきにくい。「浸淫して、乱の至るを知らず」——じわじわ浸されていくので、乱れが来ていること自体が分からない。危機は危機の顔をして来ないという観察は、渋沢の「禍は得意の時に萌す」とも重なる。巻十二「警戒」は短い巻だが、順調なときにこそ読むための巻である。
この章句が説くこと
戒めは方に盛んなるの時安富に狃る綱紀壊る浸淫して乱の至るを知らず予防
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