鬼谷子 / 符言篇
人主不可不周、人主不周、則羣臣生亂。家于其無常也。內外不通、安知所開。開閉不善、不見原也。右主周。一曰長目、二曰飛耳、三曰樹明。明知千里之外、隱㣲之中、是謂洞天下、姦莫不闇變。右主恭。
新字:人主不可不周、人主不周、則羣臣生乱。家于其無常也。内外不通、安知所開。開閉不善、不見原也。右主周。一曰長目、二曰飛耳、三曰樹明。明知千里之外、隠㣲之中、是謂洞天下、姦莫不闇変。右主恭。
書き下し
人主は周からざるべからず。人主周からざれば、則ち羣臣亂を生ず。家は其の常無きに于いてす。内外通ぜざれば、安んぞ開く所を知らん。開閉善からざれば、原を見ざるなり。右は周を主どる。一に曰く長目、二に曰く飛耳、三に曰く樹明。明らかに千里の外、隱㣲の中を知る。是を天下に洞すと謂う。姦は闇に變ぜざる莫し。右は恭を主どる。
現代語訳
君主は行きわたっていなければならない。君主が行きわたっていなければ、群臣に乱れが生じる。家は常なきところに拠ることになる。内と外が通じていなければ、どこを開けばよいか分かるはずがない。開閉がうまくなければ、根本を見ることができない。以上は周ることについてである。一に長い目、二に飛ぶ耳、三に明るさを樹てること。千里の外、隠れた微かなところまで明らかに知る。これを天下に洞ずるという。悪しきものはひそかに変わらざるをえない。以上は恭についてである。
解説
「人主周からざれば、則ち羣臣亂を生ず」。上が行きわたっていなければ、下に乱れが出る。乱れの原因を下に求めない、という立場です。そして「内外通ぜざれば、安んぞ開く所を知らん」——内と外が通じていなければ、どこを開くべきかも分からない。長い目・飛ぶ耳・明るさを樹てる、という三つは情報網の比喩です。千里先の微かなことまで知れば、悪事は自然に変わる。監視というより、見えている状態そのものが抑止になる、という考え方です。
この章句が説くこと
人主周からざれば群臣乱を生ず長目飛耳樹明統率情報ガバナンス組織
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