鬼谷子 / 権篇
此五者精則用之、利則行之。故與智者言依於博、與博者言依於辨、與辨者言依於要、與貴者言依於勢、與富者言依於高、與貧者言依於利、與賤者言依於謙、與勇者言依於敢、與愚者言依於銳、此其術也、而人常反之。
新字:此五者精則用之、利則行之。故与智者言依於博、与博者言依於弁、与弁者言依於要、与貴者言依於勢、与富者言依於高、与貧者言依於利、与賤者言依於謙、与勇者言依於敢、与愚者言依於銳、此其術也、而人常反之。
書き下し
此の五つの者、精なれば則ち之を用い、利なれば則ち之を行う。故に智者と言うには博に依り、博者と言うには辨に依り、辨者と言うには要に依り、貴者と言うには勢に依り、富者と言うには高に依り、貧者と言うには利に依り、賤者と言うには謙に依り、勇者と言うには敢に依り、愚者と言うには銳に依る。此れ其の術なり。而るに人常に之に反す。
現代語訳
この五つは、精妙であれば用い、利があれば行う。だから、知者と語るには博識に寄り、博識な者と語るには弁別に寄り、弁の立つ者と語るにはかなめに寄り、貴い者と語るには勢いに寄り、富んだ者と語るには高いところに寄り、貧しい者と語るには利に寄り、賤しい者と語るには謙りに寄り、勇敢な者と語るには思い切りに寄り、愚かな者と語るには鋭さに寄る。これがその術である。それなのに人は常にこれと逆をやる。
解説
相手のタイプ別に、寄せる方向が九通り示されます。実務の対人術としてそのまま使えますが、価値は最後の一句にあります。「而るに人常に之に反す」——それなのに人はいつも逆をやる。知者に細かい説明をし、弁の立つ相手と弁で張り合い、富んだ相手に利を説き、貧しい相手に理想を語る。なぜ逆になるかというと、相手ではなく自分の得意で話しているからです。九通りを覚えることより、自分がいつも同じ寄せ方をしていないかを疑うほうが先になります。
この章句が説くこと
智者と言うには博に依る貴者と言うには勢に依る人常に之に反す説得交渉使い分け
関連する章句
-
『鬼谷子』権篇是の故に智者と言うには、此を將て以て之を明らかにし、不智者と言うには、此を將て以て之を教う。而して甚だ爲し難きなり。故に言に類多く、事に變多し。故に終日言いて、其の類を失わざれば、故に事亂れず。終日變ぜずして、其の主を失わざれば、故に智は妄ならざるを貴ぶ。聽くは聰きを貴び、智は明らかなるを貴び、辭は竒なるを貴ぶ。
-
『鬼谷子』権篇佞言とは、謟いて忠を干むるなり。諛言とは、博くして智を干むるなり。㔻言とは、決して勇を干むるなり。戚言とは、權りて信を干むるなり。靜言とは、反して勝を干むるなり。意に先んじて欲を成す者は、謟なり。繁く稱げ辭を文る者は、博なり。縱舎して宜しからざる者は、決なり。䇿を選び謀を進むる者は、權なり。他の分不足にして非を窒ぐ者は、反なり。
-
『鬼谷子』権篇說とは、之を說くなり。之を說くとは、之に資するなり。言を飾るとは、之を假るなり。之を假るとは、益損するなり。應對とは、利辭なり。利辭とは、輕論なり。義を成すとは、之を明らかにするなり。之を明らかにするとは、符もて騐するなり。言或いは反覆するは、相い却けんと欲すればなり。言を難ずるとは、却論なり。却論とは、幾を釣るなり。
-
『鬼谷子』謀篇夫れ仁人は貨を輕んず。利を以て誘うべからざるも、費を出ださしむべし。勇士は難を輕んず。患を以て懼れしむべからざるも、危に據らしむべし。智者は數に逹し、理に明らかなり。不誠を以て欺くべからざるも、示すに道理を以てすべく、功を立てしむべし。是れ三才なり。故に愚者は蔽い易きなり、不肖者は懼れしめ易きなり、貪者は誘い易きなり。是れ事に因りて之を裁するなり。故に强を爲す者は、弱に積むなり。直を爲す者は、曲に積むなり。餘り有る者は、不足に積むなり。此れ其の道術の行わるるなり。
-
『鬼谷子』捭闔篇捭闔の道は、隂陽を以て之を試む。故に陽と言う者には、崇高に依り、隂と言う者には、卑小に依る。下を以て小を求め、高を以て大を求む。此に由りて之を言えば、出でざる所無く、入らざる所無く、可ならざる所無し。
-
『鬼谷子』権篇人の情は、言を出だせば則ち聽かれんことを欲し、事を舉ぐれば則ち成らんことを欲す。是の故に智者は其の短ずる所を用いずして、愚人の長ずる所を用う。其の拙なる所を用いずして、愚人の工なる所を用う。故に困しまざるなり。