鬼谷子 / 権篇
佞言者、謟而干忠。諛言者、博而干智。㔻言者、決而干勇。戚言者、權而干信。靜言者、反而干勝。先意成欲者、謟也。繁稱文辭者、博也。縱舎不宜者、決也。䇿選進謀者、權也。他分不足而窒非者、反也。
新字:佞言者、謟而干忠。諛言者、博而干智。㔻言者、決而干勇。戚言者、権而干信。静言者、反而干勝。先意成欲者、謟也。繁称文辞者、博也。縦舎不宜者、決也。策選進謀者、権也。他分不足而窒非者、反也。
書き下し
佞言とは、謟いて忠を干むるなり。諛言とは、博くして智を干むるなり。㔻言とは、決して勇を干むるなり。戚言とは、權りて信を干むるなり。靜言とは、反して勝を干むるなり。意に先んじて欲を成す者は、謟なり。繁く稱げ辭を文る者は、博なり。縱舎して宜しからざる者は、決なり。䇿を選び謀を進むる者は、權なり。他の分不足にして非を窒ぐ者は、反なり。
現代語訳
へつらいの言葉とは、こびて忠実さを求めるものである。おもねりの言葉とは、博識ぶって知恵ある者と見られようとするものである。決めつけの言葉とは、断定して勇敢さを求めるものである。嘆きの言葉とは、はかりごとをして信を求めるものである。静かな言葉とは、逆をついて勝ちを求めるものである。相手の意に先回りして欲を満たすのは、こびである。あれこれ並べて言葉を飾るのは、博識ぶりである。しまりなく緩めて適切でないのは、決めつけである。策を選び謀りを進めるのは、はかりごとである。他人の足りないところを言い立てて非を塞ぐのは、逆をつくことである。
解説
五つの言葉の型が、その動機とともに分類されます。へつらいは忠実さを、おもねりは知恵を、決めつけは勇敢さを、嘆きは信を、静けさは勝ちを、それぞれ求めている。どれも「そう見られたい」という動機が言葉の型を作っている、という分析です。会議で誰かの発言に違和感があるとき、内容ではなく動機のほうを見ればこの五つのどれかに当たることが多い。とくに「他の分不足にして非を窒ぐ」——他人の欠点を言い立てて自分への批判を封じる型は、いまも頻繁に見かけます。
この章句が説くこと
佞言諛言㔻言戚言静言謟いて忠を干む洞察人物眼言葉警戒
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