韓非子 / 老第二十一
右司馬御座而與王隱曰:「有鳥止南方之阜,三年不翅,不飛不鳴,嘿然無聲,此爲何名?」王曰:「三年不翅,將以長羽翼;不飛不鳴,將以觀民則。雖無飛,飛必冲天;雖無鳴,鳴必驚人。
新字:右司馬御座而与王隠曰:「有鳥止南方之阜,三年不翅,不飛不鳴,嘿然無声,此為何名?」王曰:「三年不翅,将以長羽翼;不飛不鳴,将以観民則。雖無飛,飛必冲天;雖無鳴,鳴必驚人。
書き下し
飛ぶ無しと雖も、飛べば必ず天に沖せん。鳴く無しと雖も、鳴けば必ず人を驚かさん。
現代語訳
(今は)飛ばないけれども、一度飛べば必ず天にまで達するだろう。鳴かないけれども、一度鳴けば必ず人々を驚かすだろう。
解説
楚の荘王は即位後三年、何の政治も行わなかった(飛ばず鳴かず)。彼は「羽翼を育てる(長ず)」ために力を蓄え、「民の様子を観察する(民則を觀ん)」ために沈黙していた。半年後、彼はついに動き出し、大改革(廢十起九)を行い、一気に覇王(覇)となった。 短期的な成果(小善)を求めず、長期的な成功(大功)のために、深く観察し、力を蓄える「戦略的沈黙」の重要性。
この章句が説くこと
戦略的忍耐R&D長期視点準備大器晩成
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