十七条憲法 / 第二条
篤敬三宝。三宝者仏法僧也。則四生之終帰、万国之極宗。何世何人、非貴是法。人鮮尤悪。能教従之。其不帰三宝、何以直枉。
書き下し
篤(あつ)く三宝(さんぽう)を敬(うやま)え。三宝(さんぽう)とは仏(ぶつ)・法(ほう)・僧(そう)なり。則(すなわ)ち四生(ししょう)の終帰(しゅうき)、万国(ばんこく)の極宗(ごくしゅう)なり。何(いず)れの世(よ)、何(いず)れの人か、是(こ)の法(のり)を貴(たっと)ばざらん。人(ひと)尤(はなは)だ悪(あ)しきもの鮮(すく)なし。能(よ)く教(おし)うれば之(これ)に従(したが)う。それ三宝に帰(き)せずんば、何(なに)を以(もっ)てか枉(まが)れるを直(ただ)さん。
現代語訳
篤く三宝を敬え。三宝とは仏と法と僧(教え、真理、指導者)である。これらはすべての生き物が最終的に帰依すべきところであり、あらゆる国々の究極の教えである。どんな時代、どんな人であっても、この法を尊ばないことがあろうか。極悪人は少ない。よく教えれば正しい道に従うものだ。しかし、もし三宝という絶対的な規範に頼らなければ、どうやって曲がった心を正すことができようか。
解説
第二条は「篤く三宝を敬え」と説きます。三宝とは仏・法・僧、すなわち真理とその教え、それを体現する人を指し、あらゆる時代・あらゆる人が拠りどころとすべき究極の規範だとされます。これは現代ビジネスに置き換えれば、宗教的な意味を超えて「普遍的な倫理観」や「コア・バリュー(企業理念)」の確立と解釈できるでしょう。判断に迷った時に立ち返るべき絶対的な基準(ミッション・ビジョン)がなければ、組織も個人も道を踏み外します。条文は「極悪人は少なく、よく教えれば人はそれに従う」とも述べており、規範を示し丁寧に伝えることへの信頼も、この一条の重要な教えです。
この章句が説くこと
企業理念(MVV)コンプライアンス倫理観教育・育成性善説
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『韓非子』外儲説右下第三十五夫れ即し魚を受くれば、必ず人に下るの色有り。人に下るの色有れば、将に法を枉げんとす。
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『論語と算盤』実業と士道・功利学の弊を芟除すべししかるに世人はこの種の人物を成功者として尊敬し羨望し、青年後進の徒もまたこれを目標として、何とかしてその塁を摩せんとするに腐心する所より、悪風滔々として底止するところを知らざる勢いとなっている。かく言えば、我が商業者のすべては皆不信背徳の醜漢のようであるが、孟子も「人の性は善なり」と言えるごとく、善悪の心は人皆これあれば、中には君子的人物であって、深く商業道徳の頽廃を慨し、これが救済に努力している者も尠くないが、何にせよ既往数百年来の弊習を遺伝し、功利の学説によりて悪しき方面の智巧を加えたる者を、一朝有道の君子たらしむるは容易に望み得らるべきでは無い。さりとてそれをこのままに放任するは、根なき枝に葉を繁らし、幹なき樹に花を開かしめんとするものにて、国本培養も商権拡張も、到底得て望むべきにあらざれば、
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『韓非子』備內第十七夫れ妻の近きと子の親しきを以てして、而も猶ほ信ず可からざれば、則ち其の餘は信ず可き者無し。
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