韓非子 / 揚權第八
枝大本小,將不勝春風;不勝春風,枝將害心。
新字:枝大本小,将不勝春風;不勝春風,枝将害心。
書き下し
枝大にして本小なれば、将に春風に勝えざらんとす。
現代語訳
枝が大きくて幹が小さければ、春風の吹くような軽い変化にも耐えられなくなる。
解説
枝ばかりが大きく育ち、幹が細く小さいままでは、春の穏やかな風が吹いただけでも耐えられなくなってしまうと韓非子は警告します。現場や末端の力ばかりが強くなり、全体をまとめる中心の力が弱いままだと、ちょっとした環境の変化にも組織全体が持ちこたえられなくなるということです。会社で言えば、各部署が独自に力をつけすぎて、全体を見渡す本部の目が行き届かなくなれば、ちょっとした市場の変化にもうまく対応できません。家庭でも、子供の言い分ばかりが通り、親としての軸がぶれてしまえば、ちょっとした揉め事にも家族全体が振り回されてしまいます。上に立つ者は、枝葉と幹の釣り合いを常に意識し、根本の軸を太く保っておく必要があるのです。
この章句が説くこと
本末転倒ガバナンス組織バランスコーポレート機能リスク管理
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