韓非子 / 五蠹第四十九
宋人有耕田者。田中有株、兔走觸株、折頸而死。・・・今欲以先王之政、治當世之民、皆守株之類也。
新字:宋人有耕田者。田中有株、兔走触株、折頸而死。・・・今欲以先王之政、治当世之民、皆守株之類也。
書き下し
宋人に田を耕やす者有り。田中に株有り、免走りて株に觸れ、頸を折りて死す。・・・今先王の政を以て、當世の民を治めんと欲するは、皆な株を守るの類なり。
現代語訳
宋の国に農夫がいた。畑に切り株があり、兎が走ってきて株にぶつかり、首を折って死んだ。農夫は鍬を捨てて株を見守り、また兎が得られることを願った。兎は二度と得られず、農夫は国中の笑い者になった。今、過去の王のやり方で現代の民を治めようとするのは、皆この株を守る(切り株を見張る)のと同じ類である。
解説
宋の国のある農夫が畑を耕していたところ、たまたま兎が走ってきて切り株にぶつかり、首を折って死にました。それを見た農夫は、鍬を投げ出して切り株のそばに座り込み、また兎が転がり込んでくるのを待ち続けましたが、二度と兎は捕れず、国じゅうの笑い者になりました。韓非は、昔の王のやり方をそのまま今の世の民を治めるのに使おうとするのは、この切り株を見張り続ける愚かさと同じだと説きます。たまたま一度うまくいったやり方に執着して、今起きている現実の変化から目をそらし、本来やるべき地道な仕事を放り出してしまう。これは会社の経営に限らず、家庭のしつけの仕方や、これまでの人付き合いのやり方にも当てはまります。昔のやり方が今も通用するとは限らないと知り、変化に合わせて工夫し続けることが大切です。
この章句が説くこと
成功体験の罠イノベーション変化対応既得権益守株
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