韓非子 / 難二第三十七
賞厚而信,人輕敵矣;刑重而必,夫人不北矣。長行徇上,數百不一人;喜利畏罪,人莫不然。將衆者不出乎莫不然之數,而道乎百無一人之行,行人未知用衆之道也。
新字:賞厚而信,人軽敵矣;刑重而必,夫人不北矣。長行徇上,数百不一人;喜利畏罪,人莫不然。将衆者不出乎莫不然之数,而道乎百無一人之行,行人未知用衆之道也。
書き下し
賞厚くして信なれば、夫人は敵を軽んず。刑重くして必なれば、夫人は北げず。... 衆を將る者然らざるの數に出でずして、而も百に一人無きの行いに道る。
現代語訳
賞が厚く確実であれば、人々は敵を軽んじる。刑が重く確実であれば、人々は退却しない。衆を率いる者は、この自然の理から外れるべきではなく、百人に一人もいないような例外的な好意を当てにしてはならない。
解説
褒美が手厚く、必ず与えられるとわかっていれば、人は敵を恐れなくなり、罰が重く、必ず科されるとわかっていれば、人は逃げ出さなくなる。韓非はこう述べたうえで、多くの人を率いる者は、百人に一人いるかいないかの美談や特別な心がけを当てにしてはならないと戒めます。簡子が自ら先頭に立って矢面に立ったことで兵が奮い立ったという話は、確かに感動的ですが、誰にでも真似できる話ではありません。人が本来、得を喜び損を嫌うものだという性質を踏まえ、頑張った分だけきちんと報われ、道を外れれば必ず咎められるという仕組みを整えることこそ、多くの人を動かす確かな方法です。特別な美談に頼るより、誰にでも通じる公平な決まりを作るほうが、長い目で見て信頼される道だという教えです。
この章句が説くこと
仕組み化インセンティブ信賞必罰精神論の排除合理性
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